結局、結論はないのですが

久々の投稿になる。あれやこれやで投稿をおろそかにしていたが、ちょっと心機一転。とはいえ、これからも気が向いたときに気が向いたことを書いていくつもり。

●「『プライバシー最優先』 フェイスブックが転換模索」(2019/3/8 2:00日本経済新聞 電子版)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO42175610X00C19A3EA2000/
●「ドコモが会員データ開放 7000万人分、協業先に有償で 」(2019/3/9 1:30日本経済新聞 電子版)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO42214770Y9A300C1MM8000/

ほぼ一日を挟んで、日米の情報巨人(?)からの真逆の趣旨の声明。かたや「もう個人データを使ってバンバン商いすることはしません」、一方「これからジャンジャン、個人データで稼ぎまっせ」。
もちろん記事は、そんな短絡的な内容ではない。とはいえ、与える印象の違いには驚かされる。
これを「日本の企業は周回遅れ」「GDPRの施行もあって、これから、個人データを活用したビジネスはシュリンクしていくはず」などと評するのはどうだろう? 自分は、それは『読み違え』だと思う。
GDPRやe-プライバシー規則でいくら“個人情報取得”や“移転”のルールを厳格化するとしても、そうして得た経営資源(個人データ)を金に換えていこうとする動きはとどまらないのではないだろうか。むしろ、とどめる必要があるのだろうか。
ここで、したり顔で「(個人が特定されない、層としての)ビッグデータ利活用と個人データは別物だよね」などと言わないでいただきたい。その両者の元ネタは結局は個人データであり、層としての行動も、個人属性情報などで区分されるわけだから。結局は「属性」ともろもろの「履歴」を紐づけする個人を特定するなにがしかのキーが利用されているはずなのだから。
マーケティングの世界ではここ数年、「One to oneマーケティングの時代が来た」と言われている。企業は自社で集めた、見込みを含む顧客情報をデジタル経営ツール(CRM、SFA、BIやなんやかや(笑))を利用して集約し解析し戦略的に活用している。さらに外部企業の持つデータと連携させ、戦略性をより精度を上げようと(DMP、MAやなんやかや(笑))している。個人的には薄気味が悪いリターゲティング広告だって、より精緻に顧客ニーズに対応したい企業や、膨大な個人データを有効活用したい企業、ソリューションを提供する企業たちの美しい(?)商行為、経済行為であるわけで。
もちろん、「それを一社内で抱えていれば問題ないわけでしょ。問題は、勝手に他人(社)に持ってかれて利用されていることなんだから」と言われたら、それはそうかもしれないけれど、だからといって、大量の個人データを抱える企業にとっては、それを商売のネタにできなければ宝の持ち腐れじゃないですか。
GDPRあるいはe-プライバシー規則の問題は、たしかに情報がGAFAなどに集中し、公正な競争を阻害しかねない、という観点では、一方向に勢いよく流れすぎた時代のスピードを緩和させるものだろう。個人データを無意識に提供され続ける側の(哀れな子羊たる)個人個人としては、これまで全く気付かないうちに家中に白アリの巣が出来上がっていたのを知るような愕然とした気持ちになるのはよく理解できる。特に、これから「IoT」で個人(というか個人が利用する各デバイス)から取得されるもろもろの履歴情報の量を考えた場合、その薄気味悪さタルヤ・・・。
だからと言って、「個人データを利用した広範な商行為すべてを禁止しよう」というのはあまりにドン・キホーテ的すぎるし、そこまでは誰も言っていない、と思う。「何に利用されるかさえ分かっていれば、仕方がない」「何か対価をもらえるなら、我慢する」「便利な世の中になるのであれば、仕方がない」だいたいこんな感じなんではないだろうか。あるいは、「商行為までは許すけれど、『統治者』の管理に利用されるのは絶対いや」「行動履歴で人間の価値をランク付けされるのは悲しいな」とか。

●「グーグル系が開発先行 アップルも追撃」(2019/2/9付日本経済新聞 朝刊)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO41106660Y9A200C1TJ2000/

何年か前、確か弁護士先生たちの勉強会にお邪魔させてもらったとき、「グーグルは世界中のあらゆる情報を集めて、要は、世界一のAIを作ろうとしているんですよ」と誰かがおっしゃっていたような気がする(おぼろげな記憶なのであてにならないが)。
自動運転のウェイモ(グーグル)の自動運転の性能が群を抜いている、と聞いても驚かない。むしろ、「走るってことは、足腰ではなく頭脳のほうが大事なんだ」と気づかされたりする。
日本国民としてはトヨタ・ソフトバンクに頑張ってほしいが、足腰の強さは断トツな(?)トヨタでも、お勉強(AI開発、それに伴う提供データ量)のほうはライバルに先行されているかなあ。「受験は、いつ勉強を始めるかにかかってるんです!」学習塾の先生は、やはり正しかったのかなぁ。日産(ルノー)などは、もしウェイモ陣営に入るのなら「俺、もう体育推薦でいいや。パートナーが賢い奴だと、お得だよね」などと言うのだろうか。

さて、最初の記事に話を戻すと、フェイスブックが「プライバシーを最優先」などというのは、あくまでもポーズ(?)であり、GDPRや個人データ取得・利用のルールは順守するけれども、経営の軸はやはり膨大な個人データを源泉にしたビジネスモデルになるだろうし、広い意味で広告モデル、というか、自身をメディアの立ち位置に置いた、第三者からお金を得るモデルを中心とすることになるのだろうと思うのだが、どうだろうか。
「フェイスブック“だけ”がアメリカで過剰にたたかれているのは、結局は反トランプ陣営の印象操作なんでしょ」などという人がいる。その真偽のほどはわからないが、もしそうなら、ザッカーバーグには少し同情するかな。
そのトランプ(というか、共和党、あるいは米国の総意として)は中国のデジタル覇権狙いに強烈なパンチを打ち込んで強くけん制を続けている。
本当に、世の中はあっという間に変化するなあ、と思わされる。市井で生きる我々としては、この変化をどう見極めるか、ということと、さりながら、自分はどう考えるのか、という軸をもって生きなければならないのだろうな、と思う、、、今日この頃。

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