『あの日、偶然そこにいて』元山一證券の方々の人生に思う「変わらなきゃ!」

●あの日、偶然そこにいて NHKアーカイブス映像や過去の記録を入り口に 人生の機微を描き出す
(3)「人生の大きな転換点 (竹の子族リーダー引退/山一経営破綻)」(初回放送日: 2022年7月29日)
https://www.nhk.jp/p/ts/3L8KNZ978W/episode/te/429PGP4J8Z/

先日、NHKで『あの日、偶然そこにいて』という番組があり、山一證券OBが取り上げられていた(リアタイで見られなかったのでNHKプラスで視聴)。

この番組で取り上げられていた元山一社員は自主廃業当時にNHKから取材を受け、当時の映像と一緒に、20数年たった現在の姿が紹介された。
当時の新入社員もおり、その彼らですら既に40代後半ということで、過ぎ去った月日の速さを思う。

紹介されていた方々は、以下の6名。一人だけ映像開示無しだった(なお、イニシャル表記だが、番組上は実名で紹介されていた。カッコ内は現在の年齢)。

・自由が丘支店でインタビューされた男性:営業課長 K氏
―旧山一本社(中央区新川)近くの印刷会社の営業担当取締役として働く
―「ヒトの山一」と言われた前社の信用もあって入社
―よく旧本社ビルを眺めては感慨深く思っている

・同:若手営業マン T氏(54)
―大手機械メーカー(京都?)勤務
―転職=ステップアップではない、という考え方
―山一の自主廃業は外部要因だったが、それまでの金融業界から別業界に移るいい機会だった

・インタビュー映像無し:当時事務職、30歳超えの女性
―関西の方?
―自主廃業後、知人のあっせんで金融関係の仕事に従事
―当時のトラウマがあり「次こそは絶対つぶれない会社に」を願った

・新宿支店でインタビューされた男性:新人営業マン Y氏(48)
―山口県下関市で質屋だった実家を発展させライブオークション企業に。現在、1800社がサイト上で取引している
―山一自主廃業で「今(現状)がいつまでも当たり前に続くわけじゃない」という大きな教訓を得た

・東京本社前でインタビューされた女性:新人(当時の勤務部署は不明) Y氏(50)
―外資系企業を渡り歩き、現在は大手IT会社で営業戦略にかかわる
―自主廃業当時、好きだった山一の不正を知り、葛藤・悩み
―それもあり、内部不正を監査する公認内部監査人という資格を取得

それぞれの人生が垣間見えて、感慨深く思った。
皆、それぞれの立場、それぞれの社会的役割の下で、「変わらなきゃ!」という体験を経験し、誠実に生きてこられたようで、シンパシーを感じた。
(ちょっと腐ってしまっている今の自分に、ポジティブな影響をいただいた気も)

自分は山一破綻の後すぐ同社人材の大量雇用を行ったM社に“立ち上げ要員”としてスムーズに入れた身だ。M社でもある意味分不相応ないいポジションに座らせてもらっていた気もする。
当時、特に山一の当時中高年層だった先輩方は再就職で非常に苦労されたとも聞いており、そういう意味では、自分は非常にラッキーな立場だった。

むしろ自分の場合は、その後の行程の方がドラマチック(?)だ。
メンタル面含め色々なことが有って「このままでは閉塞感で押しつぶされてしまう」「新たなチャレンジをすべきだと感じるし、したいと思う」(もっと言うと、「日本は、今変わらなければ駄目になる。自分はその先鞭をつけるのだ」という不遜な思いもあった)という流れで、新たなジャンルに果敢に挑み、それから10数年経て、残念ながら現段階では日の目を見ておらず、これまで不遇に過ごしてきた。

それでも、不遜ながら「変わるためのチャレンジ」を行ってきたことについての多少の自負はあるし、それを経験せずに生きてきた、例えば大企業で自分の狭いポジションを死守することだけに必死で「妖精さん」呼ばわりされる同年代の一部の方々に比べると、よほど充実した人生を歩んできたという、負け惜しみに近い気持ちは持っている。
(大企業に居るシニアはそういう人ばかりだ、などと言うつもりはないのであしからず)

先日、本コラム(ブログ記事)で「くすぶるな50代。チャレンジするシニア金融マン&ウーマンに光あれ!」と題する記事を書いた。
それを読んでくれた同世代の友人から、「くすぶるな、という以前にそもそも『火種がない』人が多すぎる」「今の延長でしかものを考えられない、冒険しない人が大多数」だとコメントをいただいた。
自分も、日本の大企業文化を垣間見るに、そんな気がしている。

思えば、山一破綻の教訓は、「みんなが知っている大企業でも、あっという間につぶれ、社員が路頭に迷うことがある」ということだったはず。
NHK番組インタビューの、新宿支店営業マンだったYさんの「今(現状)がいつまでも当たり前に続くわけじゃない」という認識について、自分は果てしなく同意する。
だからこそ「組織に隷属しない生き方」や「自分に軸を持つ」ことへの模索が重要、ということだと思う。

山一破綻以降も、複数の日本の大企業で多くの不祥事が起きて、そこで働く“中の人”たちの“悲喜こもごも”がドラマチックに消費されてきた。
そこで登場する様々な企業戦士の方々に対しては、同情やシンパシーもある一方で、それは組織に“しがみついてきた”ご自分たちの責任でしょ、という突き放した気持ちも持っている。
(もちろん、支えるべき家族のために積極的に組織にしがみつく選択をすることは決して悪いことではないのだが)

これまでの日本社会に対し、折角、20年以上前に山一破綻という良い教材を得たのに、それをこれまで活かせていない、という残念な思いがある。
それでも今や、岸田政権は「新しい資本主義」の名のもと、労働市場で人への投資を加速させ、成長分野へ100万人「労働移動」させる方針だ。
シニア含め「リスキリング」で“自分”に付加価値を付け、新たなチャレンジを喚起する。
副業が促進され、独立起業も推進される。
本格的に「自分に軸を持つ」べき時代に突入したのだと思う。

なお、この「リスキリング」は組織(主に大企業)側の責務、と位置付けられている。
でもどうだろう。
お仕着せの「このように変わってください」という誘導で、労働者側が本当に“変わる”ことができるのだろうか。

世の中はすでに、山一があった時代(組織が人を守ってくれる)でも、山一が破綻した時代(組織が無くなっても、無くなった組織の影響力で次のステップを踏める)でもない。
組織が優秀であろうがそうでなかろうが、結局は“個”の影響力、“個”の責任になる時代に移行したと思う。
「変わろう!」という積極的な気持ちが“個”の側にないと、いつまでたっても前に進めない。そして案外、これは老若男女で同じ条件なのかもしれない。

だからこそ、シニアにはチャンスがある。社会経験のない新人に比べ、ネットワークの蓄積があると思うからだ。
(ノウハウの蓄積がある、とは言わない。なぜなら、そちらの方は、残念ながら相対的に陳腐化してしまっていると思うので)

自分が管理人を務める『フィナンシャル・パーソンの幸せなセカンドキャリア』は、シニア・ハイミドルの金融マン&ウーマンのため、彼らが第2の人生を輝かせるためにソリューションや仲間を探す・見つける場に育てていきたいと思っている。

その目標までの道のりは遠いが、こういったコラムで発信することも、その一助になってくれれば、と願う次第。

 

~この記事は『とるじいやブログ』『フィナンシャル・パーソンの幸せなセカンドキャリア コラム(ブログ)』双方に掲載されています~

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