進化論と資本主義と「徳の経済」(長文の雑記)

実は今、新たなウェブメディアを立ち上げようと目論んでいて、そのことは多少の周りの方々にお伝えしている。
簡単に言うと、金融ビジネスに従事する自分に年齢が近い方々への“お役だちサイト”的なものだ。
しかし、お恥ずかしい限りで、まったく作業がはかどっていない。構成はあらかた決まっているのだが、基本情報の文章(テキスト)がまったく進まない。いや、ほとんど書き出せてすらいない。
数年間、ライターとしても仕事をしてきたにもかかわらず・・・いやはや、どうも。

それで、基本情報ではなく、気分転換でとりあえずウェブメディア用ブログ記事を書くことにした。
(このウェブメディアでも、各種の補足情報などはこのようなブログ形式でアップデートしようと思っている。)

以下のブログ記事(青字)は、ネットで「人間の『心』も進化の過程で定まってきた」という仮説があることを知り、それにかこつけて、“お役だちサイト”の一つのトピック「まずは『自分がやりたいこと・好きなこと』を知りましょう」に結び付けよう、と書いたものだ(まだ仮稿)。
長文で申し訳ない、、、です。

この記事を書きながら、「この内容は、自分がずっと提唱してきた『徳の経済』につながってくるのではないか?」と漠然と感じている。
長文のあとに、続けて書いてみたい。

(仮題)「進化」の観点からこれからの生き方を考える

(人間の進化と「社会性」)

最新の進化心理学・脳科学では、現代の人間の「心」も進化の過程で定まってきたという仮説を提唱しているそうです。
キリンという種で首の長い個体が生き残ってきたように、人間はある能力を持っている者が生き残ってきた。逆に言うと、それを持たないものは排除され生き残ってこられなかった、ということです。
その能力が「社会性」です。

人類は太古の昔から群れ(共同体)を作って生きてきました。共同体から除外されることは、即、死を意味します。現代人は、共同体で生き残ってきた先祖を持つ子孫たちですから、そこから除外されないような特性に最適化して生き残ってきた、というわけです。

例えば、群れの中に「子供を愛し育てる」という特性の遺伝子を持つ個体と「子供を愛さず育てない」という特性の遺伝子を持った個体がいた場合、後者の遺伝子が残ることはありません。結果、人類は群れの中の存在を愛し育てることで生き残ってきました。社会性を持つ個体が生き残ってきた、と言い換えてもいいでしょう。
実際、我々は共同体に所属すると脳内の「ドーパミン」という快楽を感じる神経伝達物質の量が増え(=幸福感)、孤独を感じるとその量は大きく減少するそうです。

共同体に生きる者は“身内”を守り“異端者”を排除する傾向が有りますが、これも脳科学で説明できるそうです。
人間は、長い間誰かと同じ空間で過ごすと、「オキシトシン」(=愛情ホルモン)という脳内物質が分泌され“仲間意識”が発生します。この「仲間を守ろう」という気持ちは、同時に「邪魔者を排除しよう」という意識も発生させます。
集団の中で逸脱した存在があれば、それを排除することで集団を守ろう、という制裁行動をとる方向に向かうのです。そして、制裁行動をした場合、脳内にはドーパミンが放出され、幸福感を感じることがわかっています。

(いじめと社会発展)

最近、不倫した芸能人を、個人のつながりは何もないにもかかわらず、ネット上でムキになって叩く人が少なくありません。
その人の脳の中では、対象を集団内の異端者として認識し、それを制裁することで快感を得る、という、我々が進化の過程で育んできた脳内メカニズムが発動しています。異端者に罰を与え「正義」の制裁をすることで、達成欲求や承認欲求が満たされ、幸福感を感じているのです。
世の中で一向になくならない「いじめ」も、この脳内メカニズムによるものだと言われます。いじめをする者にとって、いじめは快楽を得る手段なのです。

自分は平均より優れていると感じる「優越の錯覚」という言葉があります。多くの人は、知能や技能、望ましい性格などについて比べてもらうと、“自分は平均より上だ”と錯覚する傾向があるそうです。これもドーパミンと脳活動ネットワークの相互関係によるものです。
健常な人は、たいていこの錯覚を持つ傾向があります。逆に、気分が沈みがちな人はドーパミン量が少なく、より現実的に自分自身をとらえてしまう傾向が有ります。
世の中には、他人を見下し嘲るような人が少なくありません。いじめの原因がこの優越の錯覚によるものだ、と言い切ることはできませんが、「いじめは人間の本能であり、決してなくならない」という主張にも、残念ながら説得力を感じてしまいます。

一方で、この優越の錯覚のおかげで、人は「自分の可能性を信じて未来への希望や目標に向かう」ことができる、とも考えられています。優越の錯覚により自己肯定感が強い人は、社会の繁栄や人類の進化に中心的役割を果たしてきたといえます。
(ただし、過剰な自己肯定感は無謀な行動と紙一重で、自分を客観的に認識できない能力の低い人ほど、自らを過大評価してしまう傾向(「ダニング=クルーガー効果」という認知バイアスの一種)も指摘されています。)

ここまでをまとめると、
・人類は進化の過程で「社会性」を持つものが生き残ってきた
・人間には共同体の中で生存することを前提にした脳内メカニズムがある
・この脳内メカニズムは共同体を守り異端者を排除する傾向があり、“いじめ”も生むが自己肯定感による“社会発展”も生んできた
ということになります。

(人間の進化と「クリエイティビティ」)

ところで、私たち人間は、ただ共同体の中で(無難に)生きることを目的として生きているのでしょうか?
むしろ現在、高度に発展し進行した資本主義社会の限界が見え、かつAIの進化でシンギュラリティが目前に迫り、我々の居る共同体そのものが大きなパラダイムチェンジを余儀なくされていると言えるのではないでしょうか。
このサイトをご覧の方の中には、これまで培ってきた経験や能力が顧みられなくなり、自身の価値が土台から崩れ去るような漠たる不安感を抱えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

筆者は、そんな不安を克服するために、我々人類が「社会性」と同時に持つ、ある際立った能力を発揮するべく意識して生きることが重要だと思っています。
それが「クリエイティビティ(創造力)」です

われわれ人間は、1日の大半を脳の中で“シミュレーション”することで過ごしているそうです。これはサルなど社会性を持った集団で暮らす動物にも見られる性質です。
サルの群れは、「アルファ雄(オス)」(ボス猿)と言われる群れを統べる個体を頂点にしたピラミッド構造をしています。ボス猿が群れにいるすべてのメスを独占的に交尾できるわけですが、では、群れにいるほかのオスたちにはメスと交尾の機会がないかというと、そうではありません。
オスたちはボス猿の表情を観察し、自分がする様々な行動にボス猿がどう反応するかを見極めながら、群れのメスと交尾しようと試みます。もし、この見極める力が拙ければ、そのオスはボス猿に殺され、子孫を残すことができません。
ですから、「今、メスにちょっかいを出してもボス猿に怒られないだろうか?」といった“シミュレーション能力”(≒知性)に長けたオスだけが子孫を残すことができた、というわけです。

人間も、「好きな子を振り向かせるには?」「新商品の価格設定をどうするか?」「どうすればこの難局を乗り切れるか?」といったシミュレーションを繰り返して生きています。
人間のシミュレーションには、サルたちと大きく異なる点があります。
サルの社会では、自分とボス猿(対象物)、といった狭い世界にとどまるのに対し、人間のそれは客観的な視点(メタ認知)を持っており、この客観的なシミュレーションは、共同体そのものを変える力を持っています。
このシミュレーション能力を別の言葉でいえば、“未来を読む力”であり“想像力”です。
想像力に基づいた行動を「クリエイティビティ(創造力)」と定義すると、人類はクリエイティビティの発揮によって社会を変革し、発展させ続けてきた、と言えるでしょう。

そして、ここにも脳内メカニズムの効用があります。
クリエイティビティは“好きなこと”を突き詰めることで発揮されます。
人間は好きなことに向かうと、ドーパミンが放出され幸福感を得ることができます。好きなことをやっていると、そのタスクに対して高揚感や自己充足感を感じ、集中力やモチベーション、記憶力、学習効率が高まるのです。

つまり「クリエイティビティ」は「社会性」と同様、人類の進化の過程で生き残るために不可欠な要素であり、我々は自然にその機能(脳内メカニズム)を備えているのです。

(変革の時代こそ大事な「クリエイティビティ」)

さて、ここで、あえて大胆な決めつけを行わせてください。それは、
「現在は人類の進化過程における大きな転換点にあり、社会(共同体)そのものを変革すべきタイミングにある」
というものです。
変革のための要諦は個々の「クリエイティビティ」の発揮です。

我々は「社会性」を持つため、異端者を排除する性質を持っています。
卑近な例をとると、日本の企業社会では“新しいこと”を始めようとすると、寄ってたかって足を引っ張り、周りがその行動を阻止する方向に向かいがちです(前例踏襲主義)。
ですが、クリエイティビティは人間の特性でもあるので、本来、クリエイティビティを発揮する人は異端者と認識されるべき対象ではないはずです。
逆に言えば、こういったクリエイティビティを潰し続けるような組織や社会は、人類の進化に抗いこそすれ、発展には全く寄与できないのではないでしょうか。

現在の金融ビジネスは、特に日本においては、前例踏襲主義が顕著な業界です。
しかし、フィンテックや仮想通貨、デジタル決済、デジタル資産など、これまでの“金融”の概念では到底追いつかない技術革新が続出し、金融ビジネスは大きな変化を求められています。

そんな中で、これまで「金融ムラ」ともいえる共同体で過ごしてきた皆さんにとって、「セカンドキャリアを考えよう」と言われても、何をしたらいいか、どこから手を付ければいいものか、と戸惑ってしまうのも無理はありません。

このサイトでは、まず初めに「『自分の棚卸し』から始めましょう」と言っています。特に、
・自分がやりたいこと・好きなこと
を、しっかり考えてください、とお願いしています。

これは、皆さんのセカンドキャリアでは、好きなことを起点に行動して皆さんの脳にドーパミンを放出していただき、一人一人がクリエイティビティを発揮していただきたいからです。
その上で、それが社会貢献や社会変革につながる方向性を考えていただきたいです。

「クリエイティビティを土台に社会貢献・変革(=社会性の発揮)を行う」ことで、皆さん一人一人が人類を新しい次元へと進化させていくことになるのです!

(なお、上記内容は脳科学者の中野信子著『ヒトは「いじめ」をやめられない』や橘玲著『不愉快なことには理由がある』とそれを説明する「本要約チャンネル」(Youtube)のほか、多数のネット記事を参考にしました。
ただし、主張されている内容は筆者の考えによるものです。)

 

以上のように、「自分が好きなことをする」が進化の観点で人間としても社会としても自然な行動で、クリエイティビティが大事だ、という自分の主張もご理解いただけたのではないだろうか?

さらに、「徳の経済」について、記事に続ける形で書いてみようと思う(青字。これも、記事で参照した情報が考察の素になっている)。
更に長文となり、恐縮、、、です。

 

(社会の進化と「徳の経済」)

資本主義の礎となるのは「貨幣」です。我々現代人は、漠然と“金持ちになる”ことが幸せにつながる、と考えています。しかし、進化心理学が示しているように、人間は本来、共同体に属し、その一員と承認されることで幸福を感じるのです。

進化心理学の考えでは、貨幣の起源は「お互いに利益を与える」ことだそうです。
親切を受けた相手を覚えておいて「お返し」をする、という行動は人間だけでなく多くの動物にも確認される行動です。
このような“親切”と“お返し”のやり取りを可視化したものが、貨幣の起源である、ということです。

しかし、貨幣そのものの価値が高く認識された結果、貨幣を集めることで権力者になっていく、という図式になっているのが、今の資本主義社会です。
貨幣を持っている相手に対し、人は“親切”と“お返し”のやり取りを義務付けられているような状態です。貨幣を介し、持たない者は持つ者に従属するに等しい、とも言えます。
お金を持っている人も、共同体の一員としての承認を得ることでドーパミンを放出する、という、人間の進化に沿った幸福感を得ることはありません。
今の資本主義社会は、人類の進化の上でも、あまり正しくないのではないでしょうか。
(とはいえ、金儲けした場合、人はやはりドーパミンを放出し、大きな幸福感を感じます。ただ、あくまでその幸福感は一時的なものですし、金儲けの幸福感を味わいたいがために「ギャンブル依存症」に発展するリスクもあります。)

先ほど、“決めつけ”として、
「現在は人類の進化過程における大きな転換点にあり、社会(共同体)そのものを変革すべきタイミングにある」
と書きました。

これは(決めつけでなく)あくまで自分の意見ですが、社会は「徳の経済」によって変革されていく可能性が有るのではないか、と思います。

私どもが推進する「徳の経済」は、共同体の中で、誰かのためにお金を出した人(サポーター)が認知・承認され、かつ、その報酬として対価を得る、という考え方です。
「アドコマース」として社会への支援を可視化し、かつ、「TOKU」という支援者・サポーターへの報酬を(主に)企業広告が支える、という仕組みです。
この仕組みでは、サポーターは社会からの承認(社会の一員としての人類の進化にかなった幸福感)と経済的な対価を同時に得られます。
「TOKU」を支える広告主たる企業にとっても、サポーターに幸福感を与える支援をするため、その分、ロイヤルカスタマー化が期待できます。

現段階で、構想自体まだ精緻なものになっていませんが、「徳の経済」という方向性は、人類(の共同体)の進化につながっていく予感が有ります。

あまりまとまらない上に、大言壮語も甚だしいのだが(「ダニング=クルーガー効果」でないことを信じたい)、ドーパミンを放出し(?)、クリエイティビティ―を発揮して推進できれば、と思う。
また、まだ理念でしかないこの共同体の支持者を広げていき、その構成員にドーパミンとオキシトシンを放出していただきたい。

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