金融庁長官のスピーチと「徳の経済」①

●サトシの理念は今も受け継がれているのか? 金融庁長官 氷見野良三氏のスピーチ全文(COINPOST 2020/08/29 17:13)
https://coinpost.jp/?p=178852

金融庁長官に新任した氷見野氏が日本経済新聞社と金融庁主催のブロックチェーンサミット「Blockchain Global Governance Conference 、FIN/SUM Blockchain & Business (フィンサム)」のブロックチェーン・グローバルガバナンス会議(8月24日〜25日)の閉会の挨拶で、ビットコインの産み親である「サトシ・ナカモト」の理念の意義について見解を披露した、という記事。

まず、幼稚な話で恐縮だが、体制側(?)の主要人物の一人である金融庁長官が「サトシ・ナカモトの理念と意義」を語ることに新鮮な驚きを感じた(サトシ・ナカモトはサイファーパンク=反体制・反グローバル金融、の旗頭みたいなものなので)。

氷見野氏は以前、フェイスブックのリブラを既存の金融システムへの「目覚まし時計」と評し、「銀行、現金、規制当局という3つの古き良き制度(institution)は近い将来、大きな変革を経験しなければならない」と述べている。
現在の金融体制の問題だけでなく、未来の金融の姿とその管理についてその将来像を(どのくらい詳細かは分からないが)見据えている人物、といえるだろう。

上記記事の内容をまとめ(自分なりにやや意訳し)てみる。

―「信頼」の構成概要が急速に変化
・「金融システム」は長年にわたり実績を積み重ね「信頼」を得てきたが、リーマンショックを経てそれが揺らぐことになった
・金融システムの信頼は、造幣局、銀⾏、規制当局、中央銀⾏、⾦融⼤⾂、警察官、検察、裁判所、軍・・・などの要素を含む(「政府」と「信頼できるサードパーティ」)
・リーマンショックと同じころ、サトシ・ナカモトの論文が、ネット上に共有されたP2Pの分散管理台帳が「信頼できるサードパーティ」に代替可能であることを示唆した。我々は今、「信頼」について深く考える必要に迫られている
・たとえば、「信頼」の重要要素の一つ「対面」(自分の目で直接見たものを信じること)はコロナ禍でオンラインに置き換わりつつある
・「信頼」を「プロの編集者」(知見を持つ情報のゲートキーパー)が担保するというシステムも、すでにウィキペディアなど民主的な知の集積と個々の検証によって代替されている
・だから、新聞などマスメディアの情報コントロールは効かず、人はSNSなどで己が信じたい情報を得て、それを信じる、という傾向がある
・「信頼」を担保する重要ファクターの「政府」。だが、変動しつつある世界で、政府からの過度の影響力を嫌い、逆に、政府から離れたオルタナティブな手段を残しておきたい人もいるだろう
・今は場所に関係なく経済活動ができ、政府の力が薄くなりつつある

―サトシの理念の意義は今にある
・サトシの理念は「信頼できるサードパーティ」を「信頼できる(ノードの)コミュニティ」に置き換えたもの
・ビットコインの正当性をブロックチェーン上で証明するのが「プルーフ・オブ・ワーク(行動の証明)」。しかし、「行動の証明」の考え方は幅広く考えればブロックチェーンに限らず、我々の身の回りに多く存在する
・「行動の証明」を定義づけると、それは「信頼や真面目さ(邪な意図のなさ)を印象付ける目的をもった膨大なコストのかかったプロセス」
・それは例えば、紙幣上の装飾やビジネスマンが働く高級ビルや彼らが纏う高級な衣装、美しくデザインされたプレゼンスライド、広告に登場する映画俳優、有名な大聖堂での結婚式・・・等々の本質的な価値とは異なる、それらに付随するものごと。けれども、それらはGDPの大部分を占めている
・なので、社会の「行動の証明」を見直し今後のリエンジニアリングのカタチを考えることで、社会にかかわる効率性と有益性を向上させる大きな可能性がある
・ブロックチェーンの設計において、信頼とガバナンスの構成要素を深く考え、概念化・ツール化することで、社会全体の連携の幅を広げることができるかもしれない
・12年前にはじまるサトシのイノベーションと探求のプロセスは、社会構造の根本的原因を探り、変革のための根本的手段を模索する、というもの
・今のコロナの時代にこそ、その努力は求められている

素晴らしいスピーチ内容だと思う。正直、金融庁長官の任にある方が、ここまで「世の中のChange」を求める発言をしていることに驚愕し感動した。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください