コロナとデジタル人民元 スラマットは?

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200505-00000036-jij-cn(ヤフー記事「デジタル元、導入大詰め 新型コロナも後押し 中国」 5/5(火) 13:34配信 時事通信)

少し前の記事で、中国で「デジタル元」の実用化が近いという内容。すでに一部都市で実証実験が始まっているらしい。
記事に「紙幣や硬貨を通じた新型コロナウイルス感染に対する警戒感がくすぶる中、『非接触』への流れも導入の機運を後押ししている。」と書いてあるが、中国ではすでにアリペイその他、電子決済手段が多いので、ことさらコロナと関連付けるのは違う気もした。

この記事に対するコメント欄を読むと、
・ドル覇権・既存の金融体制への挑戦
・国家による人民監視の世界拡大
・アフリカやヨーロッパなど一帯一路参加国のさらなる親中国化
・日本の凋落を憂う声
・石油決済通貨になれるかが試金石
・為政者は昔から甘言を弄して人民を縛る鎖を導入する(秀吉「大仏建立」→刀狩。中国「コロナ」→デジタル人民元?)
などなど、示唆に富んだ言葉が並んでいて、なるほど、と思わされた。

デジタル通貨は中国政府に限らず、別の国や共同体でも今後の発行についての検討はされていることだろう。もちろん、フェイスブックのリブラがその代替物になる未来だってあり得なくはない。

デジタル通貨の導入で、決済データや位置情報や属性情報を“大きな誰か”集約して彼らが民衆を監視する鎖にしてしまうのでは、と長年、懸念されている。この点はもしかすると、それが中国政府だろうがフェイスブック(大手IT企業)だろうが、大差はないのかもしれない。

そういう「ディストピア」が本当に訪れるかはわからないが、今回のコロナ禍は、何より個人の権利を重視する「民主主義的」傾向が強かったこれまでの流れを、少し「全体主義的」寄りに変えていく契機になっている気がする。日本だけでなく、全世界的に。

かなり前だが、継続的に参加させていただいている読書会で、何の本だったか忘れたが(確かシンギュラリティとかAI関連の話題だった気がする)、こういった国家などの権力監視の傾向を示唆する話題が出た(と記憶している)。
その時に自分は、「結局、世界の人々は『貴族』か『奴隷』か『芸術家』に集約されていくんでしょうね」と冗談半分で言ったのだが、なんとなく、現実的にそういった将来像が垣間見えており、はなはだ心配だったりもする。

さて、最後に我田引水的な観念論を。

もし世の中が『貴族』『奴隷』『芸術家』に集約されてしまうのなら、なるべく多くの人が(『奴隷』であっても)『芸術家』たりえることが望ましいのではないか。
というのも、持つものはどうしても持たざるものを虐げる傾向があるし、必然的に限られた『貴族』が多くの『奴隷』を統べる形態が歴史的には圧倒的だからだ。

自分が今「スラマットのアド・コマース」で「“徳”の経済」をうたっているのは、ディストピアでなく『芸術家』なら食える、少しはましな将来を期してのことだ。
そのために、
1.芸術家の評価と比較
2.お金を出す人が芸術家そのものを直接的に潤さず、第三者を潤す
3.お金を出す人が長い目で衆人から評価される
というスキームを考えた。
なぜ2が必要かは、もしこうでないと『芸術家』ではなく『奴隷』になりかねないからで、3は『芸術家』を触媒に『奴隷』(?)が逆に存在感を示せるからだ。

なお、とはいえここで目指しているのは階級闘争論やイデオロギー的なものではなく、あくまでもビジネスなので、ぐれぐれも誤解なきよう。
また、アド・コマースが担えるのはあくまで富の再配分機能であって、フェイスブックがリブラで目指すような大それたものではない、と思う。

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