ロケーション・インセンティブと企画開発費への私見

さて、前回の記事に続き、矢継ぎ早に。
参加した映画の国際共同製作のシンポジウムで、今年度、日本政府が海外映画のロケ誘致でインセンティブを出す“試行”を行おうとしており、その作品選定にかかっている、という話を聞いた。自分は初耳だったが、すでに公表、報道されているようだ。

ロケーション・インセンティブは、実際にロケで使用されたスタッフの人件費など、多分に経済効果を鑑みて映画製作者に金銭が支払われるという政策的支援で、今、全世界で様々な非常に大きな金額のインセンティブが助成金や基金等の方式で供出されている。
前の記事で、自分は助成金には反対の立場だ、と書いたが、それはそれ。これまで金額の少なかった映画関連の日本における政策的支援が世界から注目され、新たな経済効果、あるいは文化的にも波及効果を生むのは、単純にいいことだと思う。ロケインセ(そんな略称はないが)の場合、選定の物差しは芸術性など恣意的なものでなく、あくまで経済的なものだと思われるし。

このインセンティブ支出の“試行”は、内閣府を中心とした動きだそうだ。そう聞いてインターネットを検索したら、内閣府のHPで今年3月の「我が国のロケ撮影の改善に向けた取組の現状について」という資料が見当たった。
なかなか面白い内容で、平成29年度からずっと議論されてきたものが具現化されているらしい。実は、30年度の海外作品誘致・支援の中間とりまとめ資料には、「仮に我が国に諸外国類似のインセンティブを導入する際には、国内映像産業の現状を踏まえつつ、我が国として期待する効果を明確にし、その効果を担保するための支援基準の設定を行う必要がある」とまとめられている。

手前みそだが、これは前述記事で書いた『コンテンツファンド革命』の中で自分が提案した政策的支援への考え方そのままであり、自身の考察力の確かさを強く再認識できた。ある意味、自信になる。
もちろん、自分はこの検討会のメンバーではないし、メンバーのお偉方には直接的な知り合いは(ほぼ)いないので、こういった“見解の一致”は全くの偶然だろう。
(彼らのうち、どなたかが『コンテンツファンド革命』や政策的支援研究会の資料をお読みいただいた可能性はゼロではないが)
この偶然の一致は、自信になる一方で、そこはかとない寂しさも感じてしまう・・・結局、自分は全くかかわれてないんだよな~。残念。

昔、以前いた組織で、国際映画祭に絡め、まだ製作資金が集まっていない映画企画を集め、プロデューサーや配給会社など協業者候補とマッチングさせる国も絡んだ事業の担当者をさせていただいていたことがある。
昨年、ここでも書いたが、このマッチング事業の将来への提言として、「国際共同製作のハブ」「ロケ支援やプリセールへの金融資金供給を金融機関と行うプラットフォーム」なども盛り込んだ資料を上司に提出したりもした。
結局、この会社自体がなくなったし、その跡を継いだ公益財団からも自分は離れたので、こういった動きには全く影響を果たしていないが、一方で、自分が書いたようなビジネスが、他で着々と実現に向けて動いているようだ。これも寂しいっちゃ寂しいが、仕方がないと思うし、昨年の記事でも書いたように、実現すればいいことだと思う。
(ただし、前の記事にて紹介した「フランズ・アフマン・プロジェクト」のように、ただ資料を作っただけでなく、自分が主体となっていろんな人を巻き込んで動き回ったことが、全く外で事業化されたとすれば、それは多少ならず“へこむ”し、感情的にはどうも、、、という気がするが)

数か月前だったと思うが、とある学校の先生から、「とある省の若手が、各国の政策的支援について勉強し、今後の政策に生かしたいと思っている。サクライさんが昔まとめた資料って残ってる?」と聞かれたので、自分が公益財団の時分にまとめたものや、その後の政策的支援研究会で作成したもの、あるいはフランズ・アフマン・プロジェクトで作った一部資料も、その先生を通じて、「このままでは宝の持ち腐れなので、ぜひ、活用してほしい」とお願いしてお送りした。政策的支援については、どっちにしても役所の人しか実現させることができないので、自分が資料を持ち続けていたところで何の意味もない、と思ったからだ。
なので、この件については、自分が全く携われなくても、書いたことがなにがしかの政策に寄与していくことを期待している。送った先の役人の方が資料をご覧いただいたかもわからないので、これはあくまでも自分個人の思いとして書いた次第。

さて、話を上記内閣府資料に戻す。
29年の資料で、「官民ファンドの活用などにより、特に資金需要の高い企画開発や製作段階においてリスクマネーを供給する方策を検討」という一文が見受けられる。これはどういう話だろう。気になる。

“商品”としての映画を考えた場合、上映など流通市場での商業展開が見えない段階では、その映画(企画)は無価値に等しい。残念ながら。特に企画開発段階は「海のものとも、山のものともわからない」状況で、映画を作ろうとするプロデューサーたちは、みな、四苦八苦している。
自分も“なんちゃって映画プロデューサー”の立場であり、これまで自身の映画企画を売り込んできた立場から、企画開発段階に資金が集められないのは(数々の立派な映画プロデューサー同様)非常に大きな課題として実感している。
これは、独創的ではあるがアイディアと事業プラン以外に主たるリソースを持たないシード期のベンチャー企業にお金が集まらないのと似ている(現在の自分がまさにそれに近い立場だが)。
一方で、追加出資(調達)時にバリュエーションが変わってその分、最初にリスクをとったシード期の投資家が利得を得る可能性があるベンチャー企業に比べ、映画の場合はリスクテイクした企画段階の投資家がその後の投資家と比べて得をすることがない。

フランズ・アフマン・プロジェクトでは、企画開発期の投資家は映画への投資リスク構造を十分に理解している投資家に限定すべき、と提言していたし、一定時期にそれまでのコスト“とんとん”で新しい投資家にテイクオーバーするオプションを付けた(それ以降、継続保有も可)映画企画ファンドを提言していた。

現在、世界の映画祭などで開催される各種の映画企画マーケットには企画開発費を出すアワードが提供されているケースがある。そんなアワードなら別だが、基本的には「企画開発段階は、プロデューサーが頑張ってお金を集める」のが王道で、投資家層から集めるのは容易ではない。残念ながら。
だから上記の“官民ファンド活用”も、アワード提供ぐらいなら(人材育成などの名目で)全く問題ないが、官の資金を企画開発段階につぎ込むのは、なかなかハードルが高い、と個人的には想像する。

・・・角川のエンジェル大賞という「アワード」をいただいて自身の映画の企画開発をし、自身も人様の映画企画に協業者候補をマッチングさせる事業を担当し、金融業界を巻き込んだ映画製作の資金集めスキーム構築の努力を続けながら、方や自身の映画企画を実現させようと動いてきた自分がこういう”至極まっとうな意見”を書くと、「アンタにはどうしても映画を作りたい、っていうパッションがないよね。だから、いつまでたっても映画がが作れないんだよ」などと評されてしまうかもしれない。
そうかもしれないが、本当にパッションがない人間なら、これまでのようなチャレンジはずっと続けてないぜ、と言いたくもなる。
自分は、映画は作品であり商品だとずっと思っているので。例えば、インベスターに不義理になる資金集めなどはすべきでないと考えている。とにかく、ずっと一番欲しかったのは「企画開発費」なんですけどね。

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