まちがってる!(セナーと金商法についての報道) その4

ICOで発行される仮想通貨を分類するにあたって、この<2>を「ユーティリティー・トークン」と呼び、<3>を「セキュリティー・トークン」と呼ぶ。

 

そして、「セキュリティー・トークン」については、募集に際し、一定の制約をかけたほうがいいのではないか、という声がある。また、「ユーティリティー・トークン」であるにもかかわらず収益分配が期待されるような誤った勧誘を行わせないよう注意が必要だ、とも言われる。

 

https://business.bengo4.com/practices/865

→6/16 BUSINESS LAWYERS「ICOを行うにあたって法律上必要な登録等について」

 

日本では、少なくとも“公募”ではICOは事実上できない、という見解が主流だ。上記リンクの通り、仮想通貨の募集は仮想通貨取引業者になって初めて行えるし、「セキュリティー・トークン」のように対価としての収益還元性のあるもの、つまり、有価証券やみなし有価証券に“近い”性質をもった金融商品(上記リンクでは「集団投資スキーム」と書かれている)の募集取り扱いには、金融商品取引業者としての登録が必要、と思われている。

 

一方で、じゃあ「ユーティリティー・トークン」はどうなの? という声があるのは当然だろう。そして、一般論を語ると、投資の対価として収益分配を望まない、あくまでもサービスを交換させるための通貨には、そもそも「金融商品取引法の範疇ではないですよ」という声が主流だと思う。

 

しかし、これこそ【金商法】に規定がないため、これらの考え方が法的に正しいかどうか、だれもが自信を持って言えない状況なのだ。

なので、日本では「ユーティリティー・トークン」も含めて、ICOで仮想通貨を発行しよう、という業者が今はいない。

「今は」というのは、こういったICOは日本でも去年までは活発に実施されていたのだが、今年に入ってからは、コインチェック問題、ビットコイン相場暴落、Zaif問題等々、仮想通貨全般にネガティブな状況が続いていることもあり、金融当局の目が厳しくなり(と噂され)、私募も含めて国内案件はない様子だ。

 

しかし、もし「ICOは有力な資金調達方法だ」と考えるのであれば、この状況は非常に問題だ。そして、このブログ記事の表題のとおり、“まちがってる!”と思うのが今回の事件への誤ったアナウンスの仕方だ。

 

【何が“まちがってる!”のか?】

長々と書いてきたが、何が“まちがってる!”のか?

 

これまで、ICOでIoTやAIを駆使した先端技術を用いたスタートアップ企業や、ユニークなサービス特性を持つ企業が次々に資金調達をしてきた。ICOの魅力は、通貨を発行する企業側からすると、証券取引所をIPOに比べて格段に楽に、エマージングな段階で資金調達が行える、という点に尽きる。

実際、イーサリウム(ETEREUM)やネオ(NEO)のように、通貨としての価値を評価され、ICOから1000倍以上に価値が上がったものもある。

これまでは、IPOはおろか、ベンチャーキャピタルなど限られた投資家にしか求められなかった資金調達先が、ICOで一気にグローバルに広がり、大きな金額が期待でき、かつ、結果、通貨を持つ人≒将来の顧客(特にユーティリティー・トークンの場合)も獲得できる、という何重にもおいしい状況を発生させることができる。

 

一方で、残念ながら狂乱的なICOブームの結果、今や「ICOの9割は詐欺案件だ」と言われている。確かに、グローバルでかつエマージングなビジネスにお金を出すにあたっては、本来、適正なディスクロージャーや投資勧誘に際しての適合性の原則の順守など、ある程度は担保されなければならないはずだ。

今回のセナーしかり、そのいずれもきちんとなされていない様子でもあることだし、(詐欺案件ならなおのこと)ICOに一定のルール化は望まれよう。

 

しかし、であればこそ、「こういう解決すべき問題点があります」「一方でこう言った優れた可能性があります」と周知徹底することが、何よりも大事なのではないのか?

それを、

「ICO→仮想通貨決済→金商法に問題」などと、短絡化させて、一般層に「よくわからないけど、仮想通貨ってどうせ詐欺なんでしょ?」と思わせてしまうことは、百害あって一利なしなだ。

 

自分は、日本は「没落国家」だと思っている。残念ながら。

悪意なき既得権益層である大企業や既存ビジネスのエコシステムを“一切、いじれない”ことで、多くのイノベーションの芽が摘まれ、多くの可能性を秘めた取り組みが無下に“屍”と化されてきた。

 

ICOは、もしかすると、それを変える起爆剤になるかもしれない、そう思っていたりもする。

にもかかわらず、(おそらく)お上があえて“まちがってる!”ロジックで可能性をつぶそうとするアナウンスを行うのは、日本という国にとって“まちがってる!”と思うのだが、いかがだろうか。

自分の考えすぎだろうか?

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