STATEMENT

親愛なるのぼるおじいさん

僕がまだうんと小さいころにおじいさんは亡くなったので、僕には生前のおじいさんの記憶は全くありません。
瓦礫と死体が転がる、空襲に直撃された大阪のはずれの街。リヤカーで必死に子供たちの遺体を探し回ったら、僥倖なことにみんな生きていて、喜び合った。そんな昔話を生き残った子供(親や親戚)たちから少し聞いたことがあるくらいでした。

最近になって、おじいさんがベンチャー精神にあふれた方だったと知りました。
そして、理不尽な挫折にもくじけず、「次」を目指し続けたことも。

勤めていた会社が破綻し再チャレンジを目指すころ、すでに子供たちは大きくなっていました。
商業高校出なのに独学で樹脂ポリアートの特許を取り、ビジネスを始めます。一心不乱に取り組んだと聞いています。目を離した隙におじいさんが樹脂を塗って実験に使ってしまうので、家族は紙一枚使えなかったそうですね。

おじいさんはいろんな「日本初」のものを作ったんですね。最近、初めて知りました。
樹脂製の信号機やプラスティック製のお風呂。バスの後ろの広告版も、樹脂製のものはおじいさんが初めてだったとか。

でも、それらは結局、すべて大手企業に横取りされてしまい、おじいさんの会社では大きな果実を生むことはありませんでした。
それでも、「うちみたいな小さいところは、いつも“次”の新しいことを目指さなあかん」「“人のため”になることを考え、考え、考え抜く。それが金につながる」「明日は絶対に今日よりいい日になる。そう思い込む」と、常にポジティブだったと聞いています。

すごいことだと思います。

正直、現在の自分はおじいさんと比べるには恥ずかしい状態です。
それでも、今でもチャレンジを続けている以上、おじいさんに負けないよう頑張りたいな、と思っています。

2020/6/24
櫻井とおる

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