弱り目にたたり目なFacebook

フェイスブックがある株主から提訴されているそうな。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180728-00000030-reut-bus_all

→(7/30追記)フェイスブックが株主から訴訟を起こされているという記事

 

このニュースだけ単純に読むと、その株主の身勝手と一蹴される内容に思う。

 

コメント欄を見ると、「Facebookは10年後には残ってないよ」的な内容の“そんなの、昔からわかってたよ”的な愚にもつかない自己主張や、よくある陰謀論的な話も見受けられる(例:CIAがらみのストーリー/中国絡みのストーリー)。

 

また、「GoogleやamazonとFacebookは一緒にすべきでない」等々、Facebookのみ“ディスる”論調も多いようだ。しかし、その見解は果たして正しいのか?

Googleこそ、「欲しいのはデータだけ。それを取得するためのプログラムは積極的に解放するからみんなで活用してね」なデータ至上主義企業だし、Facebookみたいにわかりやすく個人属性情報を集めてる感がないだけで、今やネット上に出回っているバラバラの情報を紐づければ簡単に個人を特定できると思うので、Facebook一社を悪者にするのはどうなのかな、と思わないでもない。

 

今回の件もGDPRなどの大きな流れで読み解くべきことのように思われる。

 

あえて上記の陰謀論を続けると、米-EU-中-露の駆け引きの中で起こっているのかな、と邪推してみたり、もっと大きな存在をイメージしてみたり。

とはいえ、さすがに荒唐無稽な陰謀論からは離れた立場で自分なりの感想を言うと、前回、少し書いたように、我々は無料サービスを享受するなら一方である程度の“具合の悪さ”を引受けざるを得ないのかもしれない。そのレベル感こそ問題で、個人的には完全にガラス張りでかつ個人攻撃の可能性もある支配者による独占というのはご勘弁願いたい、と思っている。お友達になれれば別ですが(いや、それも怖いか。笑)。

 

https://www.excite.co.jp/News/odd/Karapaia_52218908.html

 

話は変わるが、こちらの記事を読んで、映画『マトリックス』を想起した。我々は脳内活動のデータを取るためだけに生かされるモルモットのような存在になるのだ、AI様(たち?)のために・・・そんな極端なイメージをし、その発想の貧弱さにすこし自己嫌悪した。

世の中が便利になるのは大歓迎だ。イノベーティブな社会変化に対応できない不勉強な既得権益者が取り残されるのも、ある種やむなし、と思う。だからこそ、いくつになっても不断の自己改革が必要だと思う。

ただ、誰のための変化、革新なのか、ということを自問自答しながら、変化の時代を前向きにとられて生きていきたい。Life is entertainment! クリエイティビティこそが人間を形成する。そう思う、そう願う。

GDPRですか

先日、情報銀行についての記述(※)をしたが、これからの世の中を考えた時、どうしてもインターネットを介して収集される行動履歴などの広い意味での個人情報を「誰が」握って「何に」活用するのか、情報を提供する個人は「何を」対価として得るのか、ということが避けて通れない。

http://www.lifeisentertainment.jp/2018/07/18/%E9%A0%93%E7%8F%8D%E6%BC%A2%E3%81%AA%E8%A9%B1%E3%81%AA%E3%82%89%E3%80%81%E6%81%90%E7%B8%AE%E3%81%A7%E3%81%99/

 

構図でいうと、(主に)アメリカのグローバルIT企業 vs EU、という構図なのだろう。勿論、映画『スノーデン』で垣間見る国側の横暴や、様々な陰謀論なんかを含めて色々と穿って考えれば、そんなに事は単純ではないのかもしれないが(国際金融資本、グローバリスト・ナショナリスト、コミンテルン、ユダヤ、CIA云云かんぬん・・・ついついハマってしまう)。

 

https://wired.jp/series/gdpr/07_data-wars/

 

この記事はEU寄りのようだ。5月29日に全面施行されたGDPRを歴史的出来事として説明している。100年前の(上記陰謀論を想起させる)ロシア革命に起因するその後の東西冷戦と照らしてこの新たな対立構図を説明している。

 

自分は新たなチャレンジとして、これまで「PR」を入口に様々なウェブマーケティングの技術について後追いで学んできてた(専門的なレベルではなく、あくまで概論だが)。そして、古い頭ではこれから生きていけないかもな、と思い知らされた。

 

すでにGoogleやFacebookなどがこれまで築いてきたデータ経済圏では、彼ら「巨大プラットフォーマー」が顧客(個人)に“free”で様々なサービスを提供する代わりに、彼らは独占的な富(=個人情報)を一手に得ている。そして、そのデータを活用した各種サービスを提供する(主に)マーケティング系の会社などが企業などに新たなソリューションや価値を提供し、そこに全く新しい広大な市場が開けている。IoTなんかも実際、この文脈だし、AIの活用という相乗効果で世の中はさらに爆発的に変わっていくことが予測される。

 

なので、実際にほとんど認識の無いままに情報を吸い上げられてきた哀れな子羊である一個人としては、「正直、嬉しくはないけど、便利だからしょうがない」くらいに諦めかけて(?)いたのだが。。

 

もし、GDPRが世界の基準になるのであれば、それは「インターネット=free」の経済圏を破壊することになるのかもしれない。勿論、理想を言うと個別に許諾して提供した情報が利用されるごとに提供者である個人が利益を享受する余地がある、ということかもしれないが。しかし、情報銀行などといっても、営利を目的にせざるを得ない以上、提供者の個人に支払うべき対価は別で得なければならないはずだ。

 

正直、GDPRについては不勉強のためつまびらかではない。この記事だけ読むと、ルール(法律)は決まったが、オペレーションは決まっていないような。オペレーションを遂行するための技術的問題点も多くが解決されていない、ということらしい。

それでも、「いや、うちはきちんと対応してますよ」と示すべく、各国の多くの企業が認証を得るための準備を整えるだろう。日本では個人情報保護法の改訂が見込まれているようだ。

とりあえず、各国の弁護士の先生方は今後、この分野での食い扶持が大幅に増えることは間違いない。

 

一方、提供者と間で何らかの問題があったら、最終的には一時データ取得者である巨大プラットフォーマーにその咎を押し付けることになるのだろうか。

 

EU、対応国:「個人データ取得のルール化しましたよね? どうしてきちんと取り扱えないんですかっ?」

Googleなど:「いや、そりゃ、その・・・チキショー! ふざけんなっ! お前らが勝手に決めただけじゃんよ。俺だって努力してるし、でも、無理だし。いいのか? 俺らのサービス使えなくて、いいのか?」

○国、非対応国:「だから、個人の権利なんて認めさせずに、強権的に奪っちゃえばいいんですよ。ほっほっほっ」

個人:「・・・」

 

いったいどうなりますことやら。

梅酒(丁子入り)

ちょうど15年前に気まぐれにつけた梅酒。丁子(クローブ)を少し入れており独特の甘い香りがする。

この後も飲んであと残り僅か

その梅酒が残りわずかになっている。おそらく次で飲み干すだろう。

汚れた瓶のフタには「2003年6月4日」の文字

15年前かぁ、と思う。

 

今にして思えばかなり恵まれた条件で、人材整理を行った外資系企業から新しい企業に転職したばかりの頃で、色々とプレッシャーを感じ始めていたころだ。

ストレス解消のアルコールが残った頭で、朝、出社前にカレーを温めたまま忘れてしまい、ボヤ騒ぎを起こす大ポカをしてしまったころだ。

その会社には3年間務めたが、組織人として語ると、残念ながら期待されたほど組織に寄与することができなかった。ひとえに自らの実力不足、努力不足を恥じるしかない.。一方で、会社がしたある一点に関しては許してはいけないぞ、という思いもある。

いずれにせよ遠い遠い昔の話で、物理的にも感情的にも今の自分にはまったく関係がない話だ。とはいえ、当時担当していた商品については今でも取り扱っているため、あのとき多少でも勉強ができてラッキーだった、と思う。

そう。時の流れというのは、総じて物事をポジティブに変えてくれるものだ。

 

それ以降の自身のエンタメ、エンタメファイナンスへのチャレンジというのは、ある種、その会社に居た頃の自分を反面教師にして決断したものだ。組織に隷属するのではなく、個人としての進歩、つまり、やりたいことを追求し、かつ、それが社会貢献につながる道を探してきた。

昨年、その集大成を、と期したある取り組みがうまくいかなかったことで、自分には、まだまだ回り道をして、新たに勉強をしなければいけないことが多々あるのだろうなぁ、と考えている。

 

ここ数か月に限って言えば、組織行動診断のサービスを提供するクラウド系新興企業の代理店兼コンサルにならせていただいた。また、各種マーケティング技術を提供している複数のクラウド系新興企業にアプローチを行い、その中の何社かの(代理店というと、おこがましくて不正確な表現になるが)口開け担当(?)のような立ち位置を許していただいた。また、それ以前からも複数の映像制作系の方々に商業的動画制作の繋ぎの立ち位置を約束してもらってきた。

これらはバラバラに見えるかもしれないが、自分の視点からは全て一つに繋がって見えている。まだまだ精緻な「物語」にはなっていないかもしれないが。

 

今、まさに世の中は大きく変わりつつあり、当該分野への潜在ニーズは大きくある。ソリューション提供や繋ぎ手のニーズもしかり。金融・エンタメをバックボーンにする自分には、これまで取り組んできたことを含め、多くの可能性があるように思う。

だからこそ、単なる右から左の繋ぎ手ではなく、自ら要となって動かせるべく、勉強を継続せねば、と思っている。

頓珍漢な話なら、恐縮です

不勉強でしたが、この記事に少し興味を持ちました

 

https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20180718-00000040-jnn-bus_all

→(7/30追記)三菱UFJ信託銀行が情報銀行に進出、という記事

 

面白いとは思うんですが、「世界の流れと同調していますか?」と確認させていただきたいところ。

 

信託銀行の強みとして、秘匿性の高いデータベースなり大規模なサーバーなり、セキュリティに強い要員が挙げられる、とでもいうのでしょうか?

「アプリ、ですよ」というのも。。うーん。

「情報銀行」などと大きなことを言いながら、大規模な集約化したシステムを考えているわけではなく、あくまでもアプリケーションでこちょこちょと、集めた行動履歴とビッグデータをウェブ上で見れますよ、という程度のシステムを提供する、という話なんでしょうか。

信託銀行の強みとして、信託管理、という概念上のスキームを持つのは理解するし、ある種、そういったスキームの活用は理想的に思わないでもないけれども、それを実際に実行できるかどうかが重要なわけで。

むしろ今は、IoTに係る個人情報と、信託銀行や金融機関の接点って、ほぼ無いのではないでしょうか?

記事には商品の購買履歴や健康に関する情報、と書いていますから、必ずしもIoT絡みではなく、クレジットカードなど決済系の情報のことなのか?

よくわかりませんが、すでに様々なIT企業が、特に大げさな表明をせずに(それこそ金融機関などのデータも使って)行ってきたようなこと(クレジットカードの利用履歴などビッグデータを使った各種仮説検証など)を、後追いでやろうということなんでしょうかね。苦言を呈せば、もしそうなら、信託銀行という信用の高い看板をベースに単なる異業種圧迫をしようということで、全く評価できないです。

あるいは、裏で“お上”の方で、こういった業務を信託業の一環のような立ち位置にして、今後、他のIT企業などのIoT情報の管理の法的位置づけを、形式的だけでも信託銀行(会社)に集約化し、金融検査でお上が把握できるようにしよう、ということなのでしょうか。実態はIT企業が管理を任されるとしても。。。悪くない気もする反面、それはある種の中国化(?)と言えるのかもしれないですね。

「情報銀行」でwikipediaを見ると・・・なるほど。EU側の反AGFA(Google、Facebook、Amazon、Apple)・巨大IT企業的な文脈でも使われているんですね。まあ、この記事で“情報銀行を国がコントロールする作戦”まで見越すのはさすがに先走りすぎなので、あくまで現状分かっている情報をもとに、再度、個人の感想を述べると・・・。

やはり、「こういった業務を信託銀行がやる意味は有るんでしょうか?」「既存のIT系企業に比べて(7/30追記:信託銀行の)優位性が高いところはどこなのでしょうか?」という疑問。

そして、もし世界の趨勢を無視した流れならばうまくいかないのではないか、ということ。「情報銀行」という名称が取りざたされているからといって、日本のガラパゴス生態系の中での“銀行”の生き残りの手段に使わるだけでは、なんというか、切ない気がします。

むしろ、本気で国が「情報銀行」の位置づけを定めてそれを世界の潮流に据えたい、という気持ちまで抱いているなら(?)、いっそIT系(フィンテックの流れで銀行が作る子会社でも別に構いませんが)主導のムーブメントにした方が面白いかもしれないし、自分的には好感が持てるのですが。

日本の大企業やその連合体の“看板”の下の大政翼賛会的な動きは、何というか、時代に合わない気がいたします。

 

<7/19追記>

・少しググって調べたが、どうやら、このあたりに繋がる話なのかな。今んとこ管轄は総務省と経産省ですね。

http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01tsushin01_02000247.html

・参加メンバーはともかく、やっぱり本質的に銀行(あるいは信託銀行)って関係ないんじゃ? という気もします。機能的にあえてそういう呼び方をするだけで。勿論、行政上は金融行政の体系を利用して仕組みを構築させたいのかな、という意向もやはり裏読みできるかな? (今のところ、金融庁あたりはメンバーにはいないですが)

・素人考えですが、個人のIDを一元化してかつ各種行動データを集約化してビッグブラザー的な(?)管理を目指すより、電子署名のような形態でかつ認証制みたいにはにできないのかな、と感じたのですが。。

・今の考えでは、国(が指定する第三者機関)が認定した情報銀行が信託情報を一元的に管理する、となっていますが、そうではなく、データそのものに特定の認証コードを付与させて、後は自由に流通させる、という考えなのですが。。

—情報収集の入口で、企業が個人の許諾を得て取得したID、各種履歴データに認証スタンプのようなデータを付随させる

—個人を特定するIDは各企業ごとにユニークに決めて、かつ、接続した他社データとの紐づけも可能だけれど、企業間でIDの変換が明かされていなければ、特に拡散する恐れはない(とはいえ、何らかの規制をかけなければ無理かな?)

—すでに情報収集を先行させているAGFAやT-ポイント(TSUTAYA)などは、後追いで個人からの許諾を得る ⇒非常にハードル高そうですが

—だったらブロックチェーン技術を、、とか言いたいですが、詳しくないのでやめときましょう

【結論】やっぱり、世の中は大きく変わっていこうとしていますね。変化を貪欲にチャンスと捉え、その中で自分に何ができるか、見定めていきたいと思います。いくつになっても勉強を!ということでしょう。

追加説明

前のブログ

http://www.lifeisentertainment.jp/2018/07/13/%e5%b7%9d%e3%81%ae%e6%b5%81%e3%82%8c/

に説明が必要と思い。「添付資料 AP2010_97_r2018」にあった、

「■ T**=国際共同製作プラットフォーム整備のための拠点という考え方」

「※ T**の事業を通じて目的とするのは、例えば、「フ**ムコミッションによる製作助成」⇒「国際展開ファンド」&「金融機関のプロジェクトファイナンス」/「配給権のプリセールス」⇒「金融機関のブリッジローン」などの、海外で実施されているが日本では定着していない“国際共同製作(ファイナンス)”形態のプラットフォーム整備、という観点」

といった視座については、今も目指すべき方向性だった、と思っている。

ただ、それは、これから自身が(最優先で)目指すことなのか、と言うと、そうでもないよね、ということ。

 

<7/17追記>追記したのに、また追記。再読して何やら不正確な説明に思ったので。正直、自分がこれまで訴えてきたことが自分の手では全く関与できずに進むのは、悔しい気持ちがすくなからずある。しかしそれは、”今は自分が関わるタイミングではない”と天(?)に言われているような気もする。逆に言うと、いずれ先にまたその道(より自分がやりたい方向で)が生まれてくるのかもしれない、とも漠然と感じる。これまで成就しなかったことの陰に、たくさんの出会いやご縁があってそれで今繋がっていることもたくさんある。それに感謝しつつ、わが道を進もう、ということだ・・・今度は読み返すとかっこよくなりすぎた。そんな大層なことを言いたいわけじゃないのだが。。。

川の流れ

古い人間なので、古い歌が好きだ。

ときたま、心に古い歌が流れることがある。

 

最近では、時任三郎さんの『川の流れを抱いて眠りたい』。

実力派俳優が海外移住で悠々自適なさる前、かつファンキー侍風歌唱をされるもっと前の、地味だけれど味のある名曲だ。

印象的なフレーズがある。

 

いつだって 見ていただけの 見ていただけの この俺さ・・・

 

先日、すごく久しぶりに、以前、一緒にコンテンツファイナンス事業を、と巻き込んだ方に会って情報交換した。

当時、その方とは中国がらみの案件で動こうとしていたのだけれど、自分とはうまく行かず。その代り、あちらは他でもっと有力な動きを始めている。

それについては、残念さよりも期待感が勝っている。

僭越だが、頑張っていただきたい、と思う。

 

それで、ここのところ全くこの分野を離れていたので、恥ずかしながら知らなかったのだけど、5月9日に「日中映画製作協定」(正式名は知りません)が発効されているとか。

現政権の意向も有って、急ピッチで進んだらしい。

そうなんだ。

色々あるだろうが、非常に良いことだと思う。

あくまでビジネスとして、だが。

 

同じ流れで、これまで何度も浮上しては中途半端に終わっていた、コンテンツの海外展開云々の動きもまた活性化しているそうだ。

で、その一部を彼から聞いて、そこで、ふと心に流れたのが冒頭の曲だった。

 

いつだって 見ていただけの 見ていただけの この俺さ・・・

 

この資料は、自分が某映画祭関連のマーケット運営会社のあくまで一部門の担当として働いていた時に作り、上に提出したものだ。

(会社ももうないしそのまま載せようかとも思ったが、一応固有名詞を消した。疲れた)

AP2010_97_r2018

本来は、その一部門を「来年はこうします」風に説明するための資料なのだが、自分としてはもっと大きな“絵”を見せたかった。

その会社でのポジション的には何も物申せる立ち位置ではなかったけれど、それでもビジョンを掲げずにはおれなかった(おそらく、不満が有ったと言えばあったのだろう)。

 

その会社は、公益的な仕事に携わっているが完全な民間企業だったので、継続可能な事業として、どういう発展形が有り得るか、という示唆をしたつもりだ。

自分が携わっていたイベントも非常に潜在的バリューがあり、何ならIPOモデルも描けるんじゃないか、と、その時は思っていたように思う。

(当時の直属の上司・同僚だったHさんが(7/30追記:が→のことを)「非常にバリューがある人だなぁ」という思いから発したことでもある)

ちなみに、資料は特に何の反響も波紋も生まないまま(上司いわく、間違いなく役員には渡したよ、ということだったが)だったし、会社もその後なくなった。

事業の方は、公益的な立ち位置の運営団体が引き継いで続けている。

 

先述の彼曰く、どうやら、この資料に近い流れができつつあるらしい。

(資料を見てもらったわけではないので、あくまでも、話を聞いて自分がそう感じた、ということ)

 

そういった流れに、今現在、全く関われていない状況は、正直言って残念だ。

とはいえ、これも、残念ではあるが期待感の方が大きいのかもしれない。

 

ただし、あえて言えば、今始まろうとしている流れも、今はあまり聞こえていない「金融のプロ」「金融機関側の組織的動き」「そういう合意形成」がないと、結局うまく行かないように感じる。

小手先ではない、本当の“変化の胎動”が必要だ、ということだ。

例えばIPOモデルを描くとすれば、イベント運営や人材紹介屋などではなく、金融的バリューのある確固たる組織をメインとすべきだろう。

 

更に言えば・・・。

資料自体は、ああいう会社に居たからあのように作ったのだが、こういった立ち位置の機関が、本当に民間企業でいいのかな、という思いはある。

あるいは、一社独占でいいのかな、という気持ちも。

 

まあ、今現在では“ないものねだり”も甚だしいので、まずはこういう動きがあること自体に単純にエールを送りたい。

 

『川の流れを抱いて眠りたい』は爽やかな歌だ。

流れる気持ちには、後悔や嫉妬や嘲笑はない。

清逸に過去を見つめ共感しながら、心は前を向いている。

 

自分自身でいえば、たとえばIPOする金融会社を作りたかったわけではない。

むしろ、もっとクリエイションに近い立ち位置をずっと求めている。

(それを実現する手段として、こういった動きの中に居たい、という気持ちはずっと有ったりするが)

 

なので、本来は自身の胸にとどめておけばいいだけの話だったかもしれないが・・・。

今の世の中、記録も周知もそれなりに必要なのだろう、と思い、あえて。

コンテンツファンド革命

これも、あえて(笑)。

長文になり、失礼。

PC MUSIC

最近、断捨離を進めていて、身近ないらないCDや本などを古本屋に売ったりした。

一番驚いたのが、満を持して(?)売りに行った雑誌『PC MUSIC』が1円にもならなかったことだ。

『PC MUSIC』は今の『Sound And Recording』同様(って、今も有るのかは知らないが)DTMの教科書的な雑誌で、1996-7年に発行されていた。DTMでの作曲、録音技術や、一流ミュージシャンのインタビューなんかが載っていた。坂本龍一、細野晴臣、佐野元春、電気グルーブ・・・等々。

付録のCD-ROMには楽曲のMIDIデータやインタビューの(確か)音声データだったり、お得情報が満載だった。

自分はその創刊号から最終号まで全て、CDも含め全部そろえていた(しかも、CDは1つを除いて未開封状態)。

この雑誌、今は廃刊だし、バックナンバーもなさそうだし、資料的価値も有るし、マニア垂涎になるのでは?! と、勝手に思っていたのだが・・・。

 

「申し訳ありませんが、全く価値なしです。雑誌の方は情報が古くて価値がなく、以前は付属CDにはニーズが有ったものの、結構、コンテンツがネットで出回っていて・・・。うちでも以前は扱っていたのですが、もうすっかり出回ってしまった感が有りまして」

 

がっかり(笑)!

でも、せっかくずっと捨てずに持っていたので、タダで引き取っていただいた古本屋さんも、ぜひ捨てずにセット売りしていただければ有難いです。

 

考えてみれば、昔それなりの値段で買ったMIDI(とWAVE)シーケンサーソフトも、初音ミクの登場以降、今やほとんど無価値になったし、結構高かったMIDI音源も今やソフトシンセの時代のようで大暴落しているというし。

自分なぞは元々、“なちゃって”でDTMを始めたので、技術の進化についていけないまま10年以上全く触れずにいたら、完全に浦島太郎状態になってしまったわけだ。いやはや。

 

この一連の出来事で、音楽という嗜好性の高い、一件、マニアで溢れていそうな世界でも、「陳腐化する技術」「コピー可能なコンテンツ」の価値は、あっという間になくなってしまうのだな、と思い知った。

 

というのは、一方では、同じように売りに行ったギターの教則本やバンドスコアなどは、それなりに値がついたので。おそらく、こっちには、音楽を始めたての若者や、「青春の夢よ再び!」のオッサンたちからの熱く確かなニーズが有るのだろう。

 

ビンテージギターの値段がめちゃめちゃ高いのも、ユーザーにとって「ギターを弾く」という行為自体の“技術”は何10年たっても全く変わらない(演奏者側に大きく委ねられている)ため、装置(ギター)自体は、周りの革新的な進化によって価値を失い暴落することがないからだ。

MIDI(および音声データ)シーケンサーやハードウェアとしてのMIDI音源が、技術革新の波にさらされてあっという間に陳腐化してしまったのと対照的だ。

 

一方、世の中はその“技術革新”を享受した市井のコンポーザー&歌い手さん花盛りだ。

 

過去に培った価値を失うのを悲しむのと、技術の進化で参入障壁が下がって音楽(クリエイション)を楽しむ土壌が広がり、それを享受して幾多の才能が花開く世の中を喜ぶのと・・・当然、後者がいいに決まっている!

 

自分としてもYouTubeなどで一般人がアップする演奏や歌唱の動画を楽しましてもらっている。(ニコ生の歌い手さんには詳しくないが)ネットにはプロ以上の実力歌手がいっぱいいて、楽しい。感動する。癒される。

今や米津玄師だったりUruだったり、ネットから見いだされた才能たちがメジャーな場に出てきたようで、(とはいえ、自分はあまり詳しくないので知ったかぶりする気はないが・・・けど、Uruは好き!)、そういう意味でも、世の中はすでにがらっと変わった感がある。変わる、ではない。変わった、だ。

 

思えば、自分が“チャレンジ”を始めようとしていた2006、7年ごろからUGC(User Generated Contents)については期待されていた。とはいえ、世の中がここまで変わったのには、

・音楽を作るためのシーケンサーソフトが、Cakewalkなど高価なものから初音ミク以降安価で高機能なものが出回った

・音楽編集のためのツールが、高価なMTRからPCの性能の向上で安価なソフトDAWにシフトした

・映像機材の性能向上で、デジカメやスマホでクリアな動画が撮れるようになった

・映像編集もAVIDなど専用機材からPC上で動く安価で高性能なソフトが出回った

・SNSで繋がって、作り手たちが“一緒にモノを作る”環境が生まれた

・YouTubeやShowRoomなど一般人が動画を流してPRできる新「メディア」が広まった

・(玉石混交の)一般人パフォーマーの動画を楽しむ視聴者のすそ野が広がった

・その中でマネタイズできる方法が確立されてきた(=広告や、自身を媒体(インフルエンサー)としてのPRなど)

・・・こんな様々な変化がうねりのように起こって、今、世の中ここに至っているわけだ。10数年の間にかぁ、と思うとなかなか感慨深い。

 

今後は、

・国内のパフォーマンスが同時に海外にも波及し、場合によっては海外が主要なマーケット化する

・メジャーに属するパフォーマーとのコラボ的動きや融合したビジネス展開が進む

ような変化はあるのだろうな。

 

個人的には、ギターを再び手にした「青春の夢よ再び!」のオッサン.オバハンたちの中から、次のUruが出てきてほしいな、と切に願う(笑)

遠い昔の月曜日

家の奥を漁っていたら、こんな資料が出てきた。新入社員の頃、毎週月曜日の午前中に作っていたものだ。

偉そうに書いているが、日経新聞や経済研究所の見解をそのまま拝借したものだ。新入社員の証券営業マンに相場観などあるわけがない。当時はコンプライアンスがゆるかったから勝手に作れたが、今だったら無理だろうな。

正直、最後の方は資料を作ることが仕事になって、顧客や見込み顧客に配らないまま大半がゴミ箱に行っていた。今考えるともったいないことで、会社に申し訳ないことをした。まあ、こんな経費がかさんだせいで潰れたわけじゃないから、許してくれるだろうが。

それでも70週以上も続けたのは偉いね、と、一応自画自賛してみる。誰にとっても思い出は常に美しい。

 

この「マンデー櫻井」の第一号は、自分だけではなくて、同期との連名で出していたことが判明(!)した。ここに名前がある石田くんには、今でも仕事でお世話になっている。これも不思議なご縁だな。

NETFLIXに関する特集記事を読んで、雑記。

日経ビジネスオンラインに「ネットフリックス、世界同時配信の裏側」という特集が組まれている。

 

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/052400220/052400002/

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/052400220/052400003/?i_cid=nbpnbo_lfct

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/052400220/052400004/?i_cid=nbpnbo_lfct

 

非常に面白い記事だった。

 

現在、巷では、その旺盛なオリジナル作品製作意欲についてのみよく取り上げられているが、動画配信を支える技術力をベースに、ユーザーフレンドリーなUX/UI、ローカルでのカスタマイズ化と、“総合力”で「グローバル(プレミアム)動画配信プラットフォーム」のデファクトを取りに行こうとしているのがわかる。

 

また、視聴者のネットワーク化機能は他のSNSに任せるなど、無駄に範囲を広げず、大きな“インターネット社会”の中での自分たちの立ち位置を純粋化してみせることで、動画配信プラットフォーマーと言えばNETFLIX、という認知を得ようとしている。

 

記事に「広告モデルではなく会員制モデルなので、顧客属性データなどを外に売ることはないため、現在、問題視されているFacebook等のSNSとは一線を画している」という趣旨の説明が有った。

実際、会員登録の際に男女の属性すら入手していないよ、ということだ。

なるほど。

 

しかし、実際には各種データ(個人情報が特定されるような個別の属性情報ではなく、大きな流れとしての属性ごとの視聴動向のデータなど)は自社内のみならず、外部提供、あるいは外部データとの相互利用によって収益の糧になるのではないか。

 

主にB2C企業では、MAツールやCRMツールなど、既存あるいは見込み顧客の情報を適正管理し、マーケティングに活用するのは当たり前になってきている。

また、会員制ビジネスを営む多くの企業(金融系など)は、そういった企業に、個人情報単体でなく嗜好性や行動を示す大きな履歴データやそれを活用した分析情報を売り(提供し)、企業もそれを活用して商いに繋げる、というWIN-WIN状況がすでに確立されている。

 

自社が「メディア」という特性を持つSNSや検索サイトなどの大手プラットフォーマーは、クライアント企業の自社メディアでの広告に資するため、あるいは“自社以外”でのマーケティングに利用することを含め、クライアント企業の持つデータと各SNSのデータを相関的に利用したサービスを提供していると聞く(第三者のサービサーを介在させるようなケースが多いように思う)。

 

なので、自分は、プラットフォーマーが持つ莫大な属性・行動履歴データは、様々な分野で再利用されることがすでに「常識」であり「前提」条件になっていると思っていた。

こういった前提をNETFLIX経営陣が商売の糧として考えていないということはないと思うのだが・・・。

実際、グローバルな会員一人一人がどういった嗜好性でどういう作品に興味を示したか、という視聴履歴のデータやその偏向性をまとめた分析結果は、個人向け商品を売りたい企業にとっては非常に有用なはずだ。

現在のNETFLIXの会員制モデルは、あくまでも将来の広告モデルやデータを活用した新しい収益化のための布石だと思う。逆に、そうでなければ、株式市場で現在のような評価は得ていないはずだ。

 

もしかすると、NETFLIXが「自分たちはFacebookやGoogleたちとは違う」と言い張ろうとするのは、現時点で投資家からの不興を買わないための建前論なのかもしれない(完全な個人の憶測だが)。

 

Facebookショックに端を発した、今のこういう個人情報の取り扱いへの世界的なハレーションが、IoTを含めたビッグデータの活用全般でそのスピードを滞らせてしまうのかなあ、、、などと思ったりもする。

 

一方で、グローバル企業や国による無軌道なビッグデータの収集は一定の制限を設けるべしという考え方にはうなずける側面も有る。

例えば、中国ではいくら個人が不満を述べようがどうしようが自分たちの生み出す情報が知らぬ間にごそっと企業→国(共産党)に収集される状況になりつつある。

<2018/6/1修正:以下追記>これは、映画『スノーデン』で示された通り、アメリカやほかの国だってよく似たものだと言えるかもしれない。

これによって国が強権的かつ恣意的に個人を虐げるような状況が生じかねないといった懸念が有り、それは大いに心配である。

さりながらAI開発の面では取得されるデータは多ければ多いほどよさそうだし・・・。

 

おっと、NETFLIXの記事紹介という本旨から外れてしまった。

 

前に書いたブログhttp://www.lifeisentertainment.jp/2018/04/16/%E3%80%8C%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%80%8D%E3%81%AF%E5%B9%BB%E3%81%8B%EF%BC%9F%E2%91%A8/

<2018/5/31修正:リンク先の訂正>

の通り、自分はNETFLIXの作品視聴データは作品自体の潜在価値そのものを“見える化”しうるものだと思っているし、その情報の一定条件下での開示・共有化によって、コンテンツファイナンスの土壌を開くことになる、と期待している。

 

これからも、こういった情報には注視していきたいと思う。

「変われない」のか「変わりたくない」のか⑨

結局、今回も長文になってしまった。
反省。

最後に、とはいえ、これまでのチャレンジで自分自身が思い知ったことを書かないとフェアではない気がする。

現時点で、自分はとりあえず、「コンテンツ・ファイナンス」を諦めている。
(自分の長いチャレンジは失敗に終わった、と考えている)

将来的な可能性は大いに感じつつも、今の日本では実現を果たすのは難しいと思う。
それは、ずっと言われている“儲かる案件は儲かるグループ内で独占されている”とか“コンテンツ業界側にコンテンツ・ファイナンスへの無理解が有る”とかだけでなく、そもそも、金融業界側の受け入れ態勢が整っていないからだ。

映画ファンドを作るとか業界外の資金を集めてみるとか、その程度は単発では普通に可能だ。
しかし、それを「産業」にしていこうという金融業界側の意志の力、“うねり”“ムーブメント”のようなものがないと、上手くいかないだろう。
目先の変わったものを追いかけたい“ディール主義”の方々が食い散らかすだけで終わってしまうだろう。
そこには長期視野や“WIN-WIN”の構築といった産業育成の視点が全くない。
今は、みんなそんな感じなのではないだろうか。