スマホ決済と当局の規制。そして物語を考える

●【独自】マネーロンダリング検査、スマホ決済・暗号資産の事業者にも拡大へ(読売新聞/Yahooニュース 8/27(金) 5:00)
https://news.yahoo.co.jp/articles/16bfec849467cf6278e7f56a6248c2da0b404a51

「金融庁が今秋から、マネーロンダリング(資金洗浄)対策の重点的な検査対象を、スマートフォン決済や暗号資産(仮想通貨)の取引事業者にも広げることがわかった」
「これまでの地方銀行や信用金庫に加え、スマホ決済事業を手がける資金移動業者や、暗号資産交換業者を主な対象とする」
とのこと。

すわ、「スマホ決済など『新しい金融』の芽を摘むような、金融当局による“がんじがらめ”が始まるのか」と思う人もいるかもしれないが、むしろ、これは「当たり前」の話だ。
“行き過ぎ”は困るが、業者が一定のルールのもとに監督されるのは、投資家保護などの観点からは当然だ。

記事にある通り、暗号資産交換業者や資金移動業者は(あるいは金融サービス仲介業者にせよ)、元々、“お上”(金融庁)の監督下で事業を行う建付けなので、この記事は特に驚くような話でもない。

●金融庁、リスクの芽に先手 通年検査を全主要行に拡大(日経 2021年8月17日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB12B9A0S1A810C2000000/

数週間前の上記日経記事の中でも、これから中島新長官体制の下、監督局と総合政策局が分担して、業態横断的に、高度化した検査を行う方針と書かれていた(ただ、この記事で書いているのは金融機関の経営チェックの観点なので、マネロン対策とは別の話かもしれないが)。

ところで、冒頭の金融庁の新検査方針の日経記事に呼応するように、今日の新聞に、FATF(金融活動作業部会)が「日本のマネロン監視体制は不合格」と判定を下した、という記事が載っていた。

●日本のNPO、マネロンに悪用懸念 テロ資金への低い危機意識指摘(産経/Yahooニュース 8/31(火) 9:01)
https://news.yahoo.co.jp/articles/ef210aea60cf9eebbf5128ac81a4abc3a9453c3c

実は、日経新聞には7月初頭にすでに同じ趣旨の記事が出ていた。だからおそらく、これはFATFによる正式な不合格判定が最近出た、ということなのだろう。
(あるいは、「アフガン撤退」のご時世にかこつけて、「これまで野放しだった『新しい金融』側の監督を、きっちりやっていくぞ」という、アナウンス効果を狙った当局側の提供記事なのかも?しれない)

いずれにせよ、これまでの銀行や証券といった伝統的な金融領域とは異なる「新しい金融」の領域も、お上が目を光らせていくことになる。

●「オープンバンキング」躍進 金融と企業つなぐ黒子役(日経 2021年8月30日 5:00)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB12CPA0S1A810C2000000/

さて、「新しい金融」は、結局、システムだ。
フィンテックの代表格で、「オープンバンキング」と呼ばれる決済などの金融側のデータと事業会社を繋ぐ役割を持つAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェイス)を提供するIT企業の領域は、「金融決済等代行業者」という括りで金融庁の監視下に置かれることになっている。

こういった分野でも、KYC(本人確認)の徹底など、“金融側”のルールが浸透していくことになる。
とはいえ・・・。
日本の金融行政と言えば、「金融検査マニュアル」など、細かいところまで当局にがんじがらめにされ、それが一方では目に見えない参入障壁になり、「金融ムラ」化してきた歴史がある。

「新しい金融」は、端からグローバル競争下にある、と自分は思う。
toC系など、「経済圏」と顧客データを持つIT企業(およびその協力企業群)が、いきなり主役に躍り出ることも想定される。

●イオン、全サービス一括アプリ 小売りや金融、来月から(日経 2021年8月28日 2:00)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO75230890Y1A820C2MM8000/

あるいは、上記記事のイオンのように、リアル店舗を持つ小売業も、その競争のメインメンバーになってくるかもしれない。

そんな時に、「村の掟」のようなルールを作っていく方向性に陥ってしまっては、グローバル競争に敗れてしまうことになる、かもしれない。
あるいは、金融庁と経産省、総務省など監督官庁間の綱引きが始まってしまっては、目も当てられないことになる。

これまでもこのブログ(例:「みずほとソフトバンクの情報銀行に思う(乱文)」など)で書いてきた通り、この「新しい金融」は「個人データ」を軸に、金融以外の領域に大きく広がる。
日本の規制当局には、くれぐれも「金の卵を産む鶏」を殺すようなへまをしないでいただきたいものだ。

さて、先日、「『新しい金融』世界と日本、金融当局」でも言及したように、「新しい金融」分野の急速な発展に恐れおののいている(?)のは、何も日本の金融当局だけではない。

今、BIS(国際決済銀行)を筆頭に、世界の金融、ひいては世界経済の秩序をコントロールしてきたオーソリティ(?)が、ステープルコインやDeFi(分散型金融)といった、これまでの金融の概念を変えてしまうような新しいマネー・金融サービスの登場に翻弄されている。

実は・・・。
自分は、こういった状況と、何となく“重なって見える”ものがある。
それは、戦国時代の日本と、それを取り巻くグローバル経済だ。
(金や銀のほか)宋銭や明銭、ビタ銭、コメ、生糸などを交換した「両替商」や「貿易商」たちと、暗号資産やデジタル資産、電子マネーなどを交換する「新しい金融」の世界は、意外と似ているのではないだろうか。

自分も歴史に詳しいわけではないし、あまり話を広げすぎると訳が分からなくなりそうなので、自分が勝手に思っている、一つの“相似形”だけ、例に示しておく。

・東アジアの商人たち(後期倭寇・博多商人・堺商人など)による、中国周辺国の「ビタ銭」などの流通からみる「経済圏」
・今のIT企業主導の電子マネーと、フェイスブックが『リブラ』で目指した「経済圏」

この二つは、いずれも「民」主導で立ち上がった経済圏の中で流通した貨幣が、いったんは“お上”に承認され、活発に流通するものの、(リブラがディエム構想に換骨奪胎されたように)最後はお上によって潰される、という流れがある。

「最後は必ずお上が民を潰す」と断言したいわけではない。
今も昔も、金融サービスは、民が生んで民間で広く流通していく一方で、お上の規制との綱引きの中で育まれ形成されていったものだと思う。

(参考文献)「撰銭とビタ一文の戦国史 (中世から近世へ)」Kindle版 高木 久史 (著)

この本では、「貨幣を政府や中央銀行が発行する」という現在のシステムはあくまで歴史上、新しい(異端な)形式で、昔からずっと、「貨幣の秩序は、政府の統制と関係なく出来上がる」のが歴史の常識だった、という“目から鱗”な説明をしている。

今後、独自の経済圏を持とうとするフェイスブックやLINE、あるいはイオンといった民間企業、あるいは、“国際的な管理者を戴きたくない”理念でつながるビットコイン保有者たち(これも、経済圏、と言えるかもしれない)を、「国」や「国際管理体制」といった“お上”がどう扱っていこうとするのか、それは分からない。

世界に先んじて「個人データ」と金融を結び付けるビジネスを始めたテンセントやアリババに規制をかけ始めた中国政府(CCP)のように、お上が「これ以上の増長は許さん」とばかりに頭を押さえる方向に行くのかもしれない。
あるいは、一定の「新しい金融さん」(戦国時代でいえば、両替商・貿易商)たちとは共存を図る、といった方向になるのかもしれない。

歴史上、わずかな期間しか実現していない中央銀行・BISなどによる国際的管理体制をやみくもに絶対視せず、「今は、歴史が“後戻り”している時期なんだ。おもしろいなぁ」と、ちょっと、「物語」でも読むように、今の状況を捉えてみるのもいいかもしれない。

最後に、少し(というか、かなり)脱線。
自分は物語好きなので、「陰謀論」もたしなむ程度に好きだ。
(妄信することはないつもりだが)

「お金」に絡む陰謀論と言えば、筆頭は「ユダヤ」や「国際金融資本」にまつわる物語だ。
王侯貴族たちに金貸しをしてきたロスチャイルドなどユダヤ金融資本が、『金(Gold)』の預かり証を兌換紙幣として流通させ信用創造を行い、王侯に影響を与えイングランド銀行をはじめとする中央銀行を作り、裏の実権を握る一方、情報を押さえることで各国の企業に資本投下し、今なお世界経済を支配している、というお話。
グローバリズム、共産主義、新世界秩序といった、さもありなん、という話から、実は宇宙人が、いや地底人が、みたいなトンデモ話まで、その範囲は広い。

何をどこまで信じるか、というと、自分の中でもグラデーションが有るのだが、そんなことより、だ。
自分は、「ユダヤ金融資本の興隆より前に世界経済を支配できる可能性が有ったのは、もしかしたら戦国時代に存在した後期倭寇・堺商人・博多商人たちだったのでは?」「『金(Gold)』の一族ならぬ『銀(Silver)』の一族が世を席巻する世界線もあったのでは?」と思っている。

このブログでたびたび書いている『天下の秤』という物語構想は、そんな思いつきを背景にしているが・・・ちょっと、現時点で、自分の中でも「何を描きたいか」がよくわからなくなってしまっている。
少しでも物語を具現化させていきたいと思うが、時間にとらわれず、焦らず考えていきたい。

そういうわけで、「金融庁の新検査」を入り口に「『銀』の一族」で締めるなど、さすがに訳が分からない文章になってしまった。
反省。
とはいえ、このブログは自分の頭の整理のために書いている(漫然とした考えや情報を、文章にすることで自分視点で位置づけようとしている)ところもあるので、ご容赦いただければ有難い。です。

NFTをきっかけに、これまでと未来を考える

最近、このブログ記事で「NFT」(Non Fungible Token)絡みの内容が続いている。書いてきたとおり、自分はNFTを詳しく知っているわけではないのに、なぜそこに興味が向かっているのか。
それは、「なるほど、あの頃取り組んでいたことは、今ならNFTという形になりうるんだ」という実感があるからだ。

今から約3年前に、知り合いからとあるICO(Initial Coin Offering)プロジェクトへの声掛けがあり、約半年間「100%“手弁当”」で参加した。
参加期間中、自分は積極的にアイディア出しをして心に期するものもあった。なので、プロジェクトから外された際は大いにわだかまった。
自分が外れた後もプロジェクトは継続したが、結局、失敗に終わったと漏れ伝え聞いている。
(少なからずトラブルもあったと聞く)

書ける範囲でいうと、そのICOプロジェクトが目指したのは「アーティストやクリエイター、コンテンツホルダーが提供する特別なアイテムと交換ができるコイン(トークン)」「そのアイテム・コインの交換の場(プラットフォーム)」づくりだった。
資本力のあるプロジェクトではなかったが、有力なコンテンツを持ってくることができる面子ではあった。
実際、日本のアニメ企業やマンガ家、ミュージシャン、アイドルなどのアイテムを取り扱う方向で準備していた。
アイテムの対象は「著作物」のような大きな労力と資産価値を包含するものでなく、「オマケ」や「特典」の類のものだ。

このプロジェクトが発足したころは世界でICOブームが起こり、サギ案件も増えていた。日本の法規制は未整備で、一方、金融当局の姿勢が「厳しくなるのでは?」というタイミングだった。
国内の暗号資産取引所への上場を目指すICOは「もう無理ではないか?」と見られだしている頃だった。

このブログの「まちがってる!(セナーと金商法についての報道) その1~5」という記事で、当局の「暗号資産、ICOは悪」という恣意的な姿勢に憤っていたのは、まさにこのプロジェクトにかかわって居た頃だ。
(エクスキューズを言うと、当局は、当時、国内でも一部投資家層で過熱していたICO熱を何としても食い止めたかったんだろうし、そこには一定の理解を示す)

このプロジェクトでは、「海外籍の法人」が「海外でICO」し「海外に上場」する、という形態で、集めた資金で作るアイテム・トークン交換プラットフォームも「海外で設立運営」するつもりだった。
ただ、取り扱うアイテムは「日本」のものだったし、関与者もほとんどが日本人だった。
当時、国内投資家へのICO勧誘が“グレーかも(?)”と認識され始めていたため、基本的には海外の資産家や海外でビジネスを営む日本人などを対象にしていた。
ただ、当然、そんなターゲットはほとんどいないので、一部は日本人の方々にも話をしている。
いずれにせよ、当時の流行(?)だった一般層向けの「仮想通貨勉強会イベント」のような経路での勧誘はせず、自分含むプロジェクトメンバーの知人つながりといった、ごく限られた形でこの件は進められていた。

当然、そんな形だからお金は簡単には集まらず、それもあって自分は“クビ”になった、という経緯だ。
「あなたはいろいろ『提案』するばっかりで、投資家を集めてこない」
そんな言い分でクビを言い渡されたのだが、おいおい、ちょっと待て。自分は100%手弁当でビタ一文貰っておらず、自分の営業コストは全部自分持ち。むしろ、手詰まり感があるプロジェクトに建設的なアイディア投入をしてきた(しかも、そのアイディアを取り入れている側面もある)。
当時のプロジェクト主幹者の身勝手さには、今でも憤懣やるかたなしだ。
(双方大人なので、これで金輪際付き合いなし、ということにはならなかったが)

さて、ご存じのとおり、今ではセキュリティ・トークンのSTO(Security Token Offering)は“証券側”のルールでしっかり構築された。
ユーティリティ・トークンについても、暗号資産取引所が関与するIEO(Initial Exchange Offering)の形で、日本でも実例が出始めている。

●日本初のIEO、10億円を調達──申込金額は224億円超:コインチェック(Coindesk Japan 2021年 7月 30日 18:11)
https://www.coindeskjapan.com/117636/

上記記事にある日本のIEO第一号「パレット(Palette)」の文内の説明にはこうある。
「パレットは、マンガやアニメ、スポーツ、音楽など日本のコンテンツをNFT(ノンファンジブル・トークン)で流通させるブロックチェーンプラットフォーム」

うん、これって、上記プロジェクトと同じモデルだよね。
(もちろん、あれとPaletteさんは全く関係ない(はず)ので、誤解なきよう)
そして、ここで「なるほど、アイテムをNFT化する、というやり方が“解”だったのね」と思いいたる。

Paletteというプラットフォームでは、コンテンツホルダーはPalette Token(PLT)を手数料として支払うことでデジタルコンテンツをNFT化して流通できる。プラットフォーム内のNFTの売買は法定通貨も使えるがPLTで支払うこともできる。

<2021/8/27追記>ちなみに、前の「メルカリ黒字化とIT企業経済圏とNFT。そして『新しい金融』」で参照したように、Pelette開発のハッシュポートは前澤友作氏より4.8億円調達し、同氏と共に新サービスを提供予定だそうだ。(追記終わり)

当時、自分たちが取り扱おうとしていたアイテムは必ずしもデジタルコンテンツだけではなかったので一概には言えないが(それでも、電子タグをつけて疑似デジタルコンテンツとして取り扱うことはできるかもしれない)、コンテンツのNFTの流通の場と、交換できるコイン、というコンセプトで、仕組みもきちんと示せれば、今だったら「うまく行った」のではないだろうか。
もちろん、今さらタラレバを語っても仕方がないのだが。

むしろ、今やこの手のコンテンツNFT交換所は、手あかがついていると言えるかもしれない。
実は先日、東南アジアの某国出身の知人からとある新しい暗号資産への投資を勧められたのだが、これも「某国の優れたアーティストやセレブのNFTのマーケットプレイスを作ります」というものだった。
(ホワイトペーパーを読んだ限りでは、現段階ではマーケットプレイスの開発には着手していないと思われる)
某国発のプロジェクトなので日本人は特に関わっていないようだ。勧めてくれた彼はこの暗号資産にかなりつぎ込んでいるらしい(ただし、当該プロジェクト主幹者とは特に関係はない模様)。

初期の段階でとん挫した(自分がかかわった)コインと違い、こちらは某大手海外暗号資産取引所のブロックチェーンネットワーク上の仮想取引所(いわゆるDEX)上ですでに売買ができるようだ(IEOのDEX版、ということだろうか?)。値動きもあり、勧められてからも多少値上がりしている様子だ。

「いや~、カネがないから買えないよ」と投資は拒否しているのだが、無邪気に「うまく行ったら大富豪になれるよ!(You’ll be billionaire!)」と勧められて、複雑な気持ちがしている。
(彼は、自分が過去にICOプロジェクトにかかわっていたことを知らない)

さて、「あなたはいろいろ『提案』するばっかりで、投資家を集めてこない」と言われて袂を分かったと書いたが、その話に戻ろう。
自分が当時彼らに『提案』していたことは、
・「ICOの計画や方法論」に終始せず、むしろ、実現させようとする「プラットフォーム像」をもっと固めるべき
・それが固まればICOにこだわらず、IPOモデルで大企業に共同事業を提案できる
・限られたアーティストやクリエイター、コンテンツホルダーだけでなく、一般層が参加できる仕組みにするべき
・プラットフォームで広告モデル(企業スポンサーとのマッチング)のビジネスを行うべし
といったことだった。

提案だけでなく、実際に大企業へのアプローチも準備していたのだが、結局、うまくいかず終わっている。
自分がこういった提案を行う背景を鑑みるに、当事者たちの論点は、むしろ「ICOの計画や方法論」に終始していたように思う(少なくても、自分はそういう印象を持っていた)。

「プリセールス期間の後、エアドロップでトークン保有者を増やす」「某海外暗号資産取引所でIEOをしてもらう」といった、トークンの目先のことばかりが俎上に上がって、システム設計やプラットフォームの価値向上案、継続的にトークンが流通できる仕組みづくり等について、彼らはほとんど関心すらなかったように思う(言い過ぎかもしれないが、あくまでも主観的意見として)。

クビになった後でも、このプロジェクトで彼らに(というより、実質、主幹者に、だが)“聞き入れられなかった”主張は、自分の中で大きくなっていった。
特に、アイテム交換のプラットフォームをつくり、そこでどういった広告ビジネスを作るか、というテーマは、この間も書いた『新しい金融』、あるいはそれとの接点になるのかもしれない、という漠たる思いがあった(いや、これは“後付け”でそう思っただけかも知らんが)。

そして、そこから約2年の間、自分が主導的にプロジェクトを立ち上げ、<2021/8/27追記>件のICOプロジェクトとは全く離れて(以上、追記終わり)進めてきた。
当初の形が『スラマット(Selamat!)』であり、その後、「徳の経済圏構想」『徳の証明トークン(TOKU)』に変形していった。
2年間、複数の大手企業のオープンイノベーションチームやベンチャーキャピタル、インキュベーション組織など、色々と提案し、出資者や協業者を求めて動いたのだが・・・正直、自分の力不足、影響力の乏しさで、これまで成果を出すことはできていない。
簡単に言うと、(β版であれ)形にすることができていないからで、シビアに言えば「アンタは、まだ入口にも立っていない」とこき下ろされても仕方ないような状況だ。

現在は(ここ半年くらい)、もう一度アタマをゼロにして構想したいということも、自身の生活面の制約もあり、“お休み中”だ。

『スラマット』のコンセプトは「クリエイターからの特別な宝物(トレジャー)の『広告付き販売』プラットフォーム」だ。
プロからアマまで幅広いクリエイターやアーティストが出品する特別なサービス引換券(トレジャー)を販売するWEB上のプラットフォームで、買い手と同時に応援する企業や個人を募ることで、相手は安く買え、応援者は広告効果や満足を得る、という構造だ。
情報をオープンにすることで、トレジャー(ひいてはクリエイターやアーティスト)の人気度を可視化でき、一方で応援者側のランクやアーティストとのつながりも可視化でき、データ化できる。
これらのデータは広告含め様々な形で有用になりうる。

ICOプロジェクトで懲りていた(?)ので暗号資産は眼中になかったが、トレジャー入手のための独自ポイント「スラマット・ポイント」の活用を、当初は考えていた。
このブログでもたびたび書いてきたように、新たな「経済圏」を作り、個人データを収集する仕組みはこれからのビジネスの“王道”と思ったからだ。
先日来、『新しい金融』として各IT企業が経済圏を構築しようとする動きを紹介しているとおりだ。
(でも今は、一方で、それでは結局、“閉じた経済圏”にしかならないよな、という観念も持っている)

『スラマット』での応援は、“自分には何の得もないのに、誰かのためにお金を出す”という点で、ある意味、“徳”のある行動、と言える。
もちろん、多くはどこかで人の目に留まり、何がしかの評価をされることを期待しての行動なので、無私ではなく「評価経済」の範疇になるのだが。
それでも、こういう仕組みが定着すれば、「カネがある人だけが欲しいものを手に入れられる世の中」というものを変えることができるかもしれない。
次第に、「徳の経済圏」ということを考えるようになっていった。

件のICOプロジェクトは「どうやったら儲かるか」しか根底にない方々の集まりだったし、仮にあのプロジェクトが成功して、当初考えていたプラットフォームができたとしても「カネがある人だけが欲しいものを手に入れられる場」にしかならなかっただろう。
ICO案件がきっかけで『スラマット』という新たなビジネス構想について熟考したことで、アンチテーゼとして「徳の経済」を理念に掲げるプロジェクトに、となったと思う。
大きな価値転換だった。

そのうちに、「徳の経済圏」を『スラマット』だけで築き上げることなど無理では、と思うようになった。
“自分には何の得もないのに、誰かのためにお金を出す”という行動は、例えば、寄付だったりクラウドファンディングだったり、様々なところで行われている。
それらすべてを“取り込む”ことはできないだろうか、と考えた。
・『スラマット』以外の行動を含め、世界中の“誰かを応援してお金を出した行動”を可視化し、データ化する。
・行動した人にささやかな“ご褒美”(『徳の証明トークン(TOKU)』)を与える。
そんな、寄付サイトやクラウドファンディングサイトを、裏で横ぐしでつなげるような方法だ。
この構想は、あまり形にまとまらないまま出資・協力者アピールに走ったが(例:『くらふぁん』)、TOKUは、“閉じた経済圏”志向ではない、それらを繋ぐような存在になれると考えている。

先述のとおり、『スラマット』「徳の経済圏構想」『徳の証明トークン(TOKU)』と変遷した自分の挑戦は、ほぼ進展・結実しないまま、今、“休み時間”に入っている。
だから、大言壮語を続けるつもりはないのだが、それでも、自分がこれまで考え、チャレンジしてきたことは、「未来」につながっている、と感じている。

今になって、「あのICOプロジェクトの“解”は、NFTだったんだ」と得心したように、いずれ、「あの『徳の経済圏構想』の“解”は、こういうことだったんだ」という日が来る気がする。
その時に自分がその動きに関われていれば、なお良し、なのだが・・・。

こうやってブログで様々な発信を続けることも、未来を引き寄せることにつながる、と信じている。
ここ数回書いている「新しい金融」と、それに対峙するべき「個の力」と「個のネットワーク」、「特別なサービス」を、という主張もそうだ。

●安いニッポン 買われる日本(DIAMOND ONLINE 2021/8/2~)
https://diamond.jp/list/feature/p-cheap

このDIAMOND ONLINE特集記事にもある通り、日本はいつの間にか世界の中で「安い国」になり果ててしまっており、その地位に安住してしまっている。
以前、「オジサンたちは変わらなければならない」を書いたが、「変わりたくない」「チャレンジしたくない」一定層の人々が“重し”になっていることが大きな理由だと思う。

NFTをきっかけに、自分のここ数年を振り返ってきたが、一言で言うと、(その心中はともかく)前向きにやってきたと思う。
これからも、できる限り前傾姿勢で未来に対峙したい、と思っている。

メルカリ黒字化とIT企業経済圏とNFT。そして「新しい金融」

●メルカリが通期で初の連結営業黒字、新規事業とグローバルで成長へ(日経クロステック/日経コンピュータ 2021.08.12)
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/news/18/10988/

メルカリが初めて通期営業黒字を達成したというニュース。
え、ようやく黒字? とは思ったが、大先輩の米Amazonと比べ、ちょうど20年後トレースしているような感じで、なるへそ、と思った。
(Amazon)
-創業 1994年(再設立1996年)
-NASDAQ上場 1998年
-初黒字 2001年
(メルカリ)
-創業 2013年
-東証マザーズ上場 2018年
-初黒字 2021年
※ Wikipediaとネット記事を漁った情報なので、間違いが有ったらすみません

よく、今の30代以下の人の多くは、欲しいものを探すとき、Googleで探すのではなく、最初からAmazonで検索すると言われる。購買者の選択肢にウォルマートやイオンモールは無く、最初からAmazon一択になってきている。
一方、最初からメルカリで物を探す消費者層も出てきているらしい。

Amazonは世界を巨大「Amazon経済圏」で埋め尽くそうとしているわけだが、メルカリも国内外で「メルカリ経済圏」を獲得したがっている。

この経済圏を拡げる方法は、一つはそのサービスプラットフォーム自体を大きくしていくこと(内向きな拡大)。もう一つは、「独自の決済サービス」を設け、そのサービスを他のサービスプラットフォームや実店舗にも広げて行くこと(外向きな拡大)。あるいは、自らのプラットフォーム上で提供するサービスの種類を増やしていく(複合的な拡大)方向性。

昨年の頭に「シンガポールのネット銀行にe-スポーツ企業が参入」や「『金融サービス仲介業』のニュース」で書いた通り、世界中でいろいろな企業が「独自決済」を絡めた「独自経済圏」獲得の取り組みにチャレンジし続けている。
このサービスプラットフォーム上には小口融資やファンド購入などの金融サービスが、ある意味「e-コマースの一部」として提供されている。
このブログで何度となく書いているとおり、今、“金融側”に住んでいる人たちは、彼らに飲み込まれてしまう未来も有るかもしれない。
(かもしれない、ではなく、自分はそう強く懸念している)

この間、「『新しい金融』とシニア金融マン」で参照したように、日本では銀行業・証券業・保険業をまたぐ事業を営む場合、金融サービス仲介業者としての登録が必要になってくる。
参照された日経記事では(既存の金融側の視点で)「スマホ金融」などという、ある意味矮小化された呼称を使っていたが、むしろdポイント(NTT)とPonta(三菱商事・KDDI)を軸に三菱UFJ・大和証券などがどう共存共栄を図り、経済圏化していくか、という取り組みなのだと思う。

メルカリも金融サービス仲介業者への登録に意欲を示していると聞く。
メルカリが「スーパーアプリ」化して金融サービスを提供し、国内外でメルカリ経済圏を拡大していけるかはわからない。
ただ、少なくとも、その方向性でビジネスを考えているであろうことは想像に難くない。

そのメルカリは、今年4月に「メルコイン」という暗号資産の導入を発表した。

●メルコインとは|事業の将来性と仮想通貨市場への影響(Coinpost仮想通貨情報 2021/08/05 18:45)
https://coinpost.jp/?p=264504

上記記事にもある通り、メルカリというサービスプラットフォーム、メルペイという決済サービスとの連携を端から掲げている。

こういう、サービスプラットフォーム+決済+暗号資産・ブロックチェーン、というのは昨今のトレンドでもあって、日本で「スーパーアプリ」化に一番近い(かもしれない)LINEも、暗号資産「LINK」の日本での取り扱い開始を昨年から始めている。

●LINEの暗号資産「LINK」、日本でも取り扱い開始(ITmedia 2020年08月06日 19時36分)
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2008/06/news155.html

自分の記憶ではLINK構想・サービス開始のニュースは3年ほど前にはすでに目にしていたと思うが(ネット情報を漁ると、2018年8月に発行、とある)、LINKはこれまであまり存在感を示せていない。
実際、LINKを実店舗で決済できる、といったケースはまだ無い(はずだ)。

●LINEの独自仮想通貨LINK(LN)、傘下以外初となる韓国大手取引所Bithumb上場へ(CoinPost編集部注目ニュース 2021/08/11 17:30)
https://coinpost.jp/?p=267888

それでも、上記のようにLINKは海外の暗号資産取引所への上場も決まっているので、行く行くはサービスプラットフォーム+暗号資産・ブロックチェーンという括りでの「スーパーアプリ化」「グローバル決済化」という方向性はあるのかもしれない。

あるいは、そこで見越しているのは「NFT(Non Fungible Token)」特化型のグローバル決済プラットフォーム、なのかもしれない。
と言っても、自分のソースは下記の個人ブログ情報くらいなので、LINEが実際、どう考えているのは分からないが。

●(参考)LINE発行の仮想通貨(暗号資産) LINK(LN)がNFTマーケットβで採用(スノーキー公式初心者のためのFX比較検証ブログ 2021年7月6日・2021年8月13日)
https://snowkeyfx.com/investment-news/cryptocurrency-exchange-news/10205/

「NFT」は、ブロックチェーン上で発行・流通される、何らかの著作物やコレクターズアイテムなどの所有証明書・鑑定書として機能するデジタルデータ(トークン)を言う。
NFTとその裏付けとなる著作物などのアイテムが、きちんと「結びついている」ことが前提なので、アイテムが非デジタルの場合、電子タグを利用するなど、管理についての問題もある。

このNFTについては、今、巷の暗号資産投資界隈では過熱化している(数年前のICOブームのように)。
実際、サギ案件化も懸念されており、マネロン利用への懸念も持ち上がっている(ただし、下記記事のように、個別のNFTの流通量から考えて、大規模なマネロンに利用するのは逆に難しいとも考えられる)。

●NFTはアーティストとミュージシャンだけでなくマネーロンダリングの分野でも注目を浴びる(Techcrunch 2021年4月03日)
https://jp.techcrunch.com/2021/04/03/2021-03-24-nft_users/

LINE同様に、先述のメルコインに関する記事のとおり、メルカリもメルコインを軸にNFTのサービスを創出しようと目論んでいる。
IT各社で、ほかにもGMOなどがNFTサービスを始めようとしている。

●【独占】GMO熊谷正寿 社長を直撃、NFTがなぜ「ブロックチェーンに続く衝撃」なのか?(Fintech Journal 2021/08/12)
https://www.sbbit.jp/article/fj/67378

●NFT特化ブロックチェーン「パレット」開発のハッシュポートが前澤友作氏より4.8億円調達、同氏と共に新サービス提供予定(Tech Crunch 2021年8月03日)
https://jp.techcrunch.com/2021/08/03/hashport-fundraising/

さて、NFTという呼称が“buzz word”化しているが、コンテンツなどの具体的なアイテムという“資産”をブロックチェーンのトークンとして発行し流通させる、という取り組みであれば、上記新規参入者に限らず、例えばNTTデータや富士通といった大企業も取り組んでいるし、

●NTTデータがBlockTrace事業を開始──証券・アート・不動産をトークン化(Coindesk Japan 2021年 3月 16日 13:33)
https://www.coindeskjapan.com/102583/?utm_source=yahoo&utm_medium=news&utm_campaign=ynrec

あるいは、このブログで何度か言及してきたSBI・野村証券・Boostry(「STOとアイドルファンドと徳の経済」 )のブロックチェーン上の取り組みにしても、SBI・三井住友FGのデジタル証券PTS(「SBI・三井住友FGのPTSと新たなエンタメ金融の考察」)にしても、そのトークンが流通する過程において、一部のトークンはNFTそのものなのかもしれない。
正直、自分は厳密な意味でこれらの違いを理解していない(とはいえ、今のところ「NFTはセキュリティ・トークンには該当しない」と認識している)。

記事の、GMO熊谷社長の下記コメントにもある通り、NFTで期待されている機能は、クリエイターへの還元だ。
「・・・書籍を例にしてみます。Amazonや紀伊国屋書店などの1次流通の書店で購入された書籍については、当然ながら収益が著者や出版社に入ります。
しかし、ヤフオクやブックオフなどの2次流通になると、たとえ書籍が購入されても、今のところ著者や出版社に収益は入りません。2次流通以降では、著者など書籍を創る立場の人たちは蚊帳の外に置かれ、収益機会を逃しているのです。
これがNFTを利用することによって、2次流通以降の書籍購入に対しても、著者や出版社に収益が入るような設計が自由にできるようになります。NFTは、「この書籍がまさにいま購入された」ということを、2次流通以降も証明するものだからです。」

自分は長らく、コンテンツファイナンスを志しているし、その根源にはクリエイター・ファーストの思想が有る。
(「『コンテンツ・イズ・キング』と『天下の秤』」)

だから、クリエイターが作ったコンテンツからの収益機会が増える世の中の到来は、非常に望ましいことに思う。
一方、例えば、カネになる映画とならない映画に厳然たる差異があるように、あるいは(古いが)アイドルのブロマイドに人気化するものとしないものとがあったように、NFTだからといって、儲かるか、と言うと決してそうではない。
むしろ、ほとんどの案件が儲からないと言っても過言ではなかろう。

「全国総クリエイター時代」の世になったとて、そこで評価され人気化する人物・コンテンツはごくわずかだ。
(実は、元々、自分がビジネス化を目論んだ「スラマット(Selamat!)」の狙いは、そういった玉石混交するクリエイター・アーティストの評価軸を、他者からの応援(広告)により数値化・可視化したい、ということでもあった。<2021/8/16追記>さらに、応援する側も数値化・可視化される構造だ(以上、追記終わり))

それでも、一握りの“評価に値する”人物・コンテンツ由来のアイテムには、コレクターズアイテムとしての価値が間違いなく発生する。ファンを集める“吸引力”が有るからだ。
そして、NFT(あるいはこの手のデジタルトークン)には、その“吸引力”を利用した別の可能性が有るのではないだろうか。

先述のとおり、自分にはNFTとセキュリティ・トークンの線引きはまだ不明だが、このブログにも何度も書いているように、自分は、「企業マーケティングとしてのアーティストのイベント開催など」と、アーティストのファンを“投資家”として活用するSTO的なファンマーケティングが、これからの「金融マン」側の新領域に広がっている、と考えている。
(「SBI・三井住友FGのPTSと新たなエンタメ金融の考察」「オリラジとポケモンとSTO(雑記)」など)

つまり、飛躍した話をすると、NFT流通(マーケットプレイス)事業は、デジタルアイテムの流通(e-コマース)、同アイテムを裏付けにするトークンの流通(金融)、そして、企業スポンサーの導入とファンマーケティング(広告)という、複合的な領域に広がってくる可能性が有る・・・妄言で恐縮ですが。。

こういった領域を、「スーパーアプリ」を志向するe-コマース・IT企業が担うのか、D通のような広告ビジネスが担うのか。それとも、“古い”“変われない”と言われ続けている金融側が担うのか。

自分としては、「新しい金融」の一つの姿になってほしいと願っている。
企業と資産運用や資金調達で結びついている金融側の、特に“富裕層金融ビジネス”の営業マンが、顧客である(例えば)中堅企業オーナーに、こういったサービスを提案・提供する、という流れだ。それも、できれば組織に従属しないタイプの金融マンにこの役割を担わせたい。

最後の「NFT(?)の別の可能性」についてはやや飛躍してしまったが、我々「金融マン」は(自分がいま、金融マンと言えるかは別にして)、メルカリやGMOなどの動きも含め、アンテナを張り、「新しい金融」の在り方を“ぐるぐると”考えておく必要があるだろう。

<追記 2021/8/19>
NFTの法的位置づけ、解釈について弁護士の先生方がまとめていたページが有ったので参照しておく。

●NFTに関する法的考察~アート、ゲーム、スポーツを題材に~(幻冬舎GOLDオンライン TMI総合法律事務所ニューズレター 2021/8/19)
https://gentosha-go.com/articles/-/35826

当方が考えているような、スポンサード付きのデジタルアイテムの発行や流通、といった可能性も、特に問題ないように感じた。
拡大解釈だけれど、記事内のNBAの各球団が売るNFT(+デジタルアイテム)の事例も、スポンサード・アイテムと言えなくもない。
(ただ、こういったケースの場合は、今の認識では金融側の関与は必要ないのだろう)

<追記 2021/8/20>
もう一つ追記。NFTそのものについては以下記事が参考になった。

●デジタル資産「NFT」の作り方と取引方法【北米版】(Coindesk Japan 2021年 3月 25日 20:00)
https://www.coindeskjapan.com/102366/

<追記 2021/8/31>
●楽天、来春NFTに参入 コンテンツホルダーがNFT発行できる「Rakuten NFT」提供へ(Yahooニュース 8/31(火) 11:56)
https://news.yahoo.co.jp/articles/ed7c5ccc44fc58e0c12fa230ed599694f7ef87ed

すでに国内に大きな経済圏を持つ楽天もNFTに参入。記事にある通り、ヤフオクでも取引が始まるようだ。
“クリエイティブ”な“個”が以前より大きな価値を持つ時代が到来している。

堂島のコメ先物断念と、モヤモヤ

●堂島商取社長「コメ先物、試験上場の延長申請せず」(日経 2021年7月29日 19:13)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF294LZ0Z20C21A7000000/

●コメ先物、展望なき終幕 価格決定、JAは主導権譲らず(日経 2021年8月11日 2:00 )
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO74670730Q1A810C2QM8000/

堂島商品取引所が10年続いてきたコメ先物取引を諦め、終了することになった。
どうやら、コメの流通価格決定を担うJAから頑強な抵抗があり、諦めざるを得なかったようだ。
それにしても、日経新聞内での記事、ちっさ!
元々、注目度が低いのか、あるいは、(どこぞの方面に忖度した?)恣意的な扱いなのか。

食料自給率が低く(コメは高いが)、コメが主食の日本人の一人として、JAの零細農家救済機能とコメ先物市場の意義をどう天秤ばかりするべきかはさておき、あくまでも“印象論”として、「またしても守旧派・既得権益層に新たな改革の動きがつぶされた」感じがして、あまり気持ちがいいことではない。
また、社長の中塚氏が元民主党議員の堂島取引所 vs 自民党基盤のJA、という構図もあり、「結局、政争の具なのね」という白けた印象も持った。
(これは、自分が政治的にどういう立ち位置なのか、という話ではないので、くれぐれも勘違いなさらないでいただきたいですが。。)

昨年10月に、「SBIの大阪金融都市構想とぐるぐる」というブログ記事を書いた。参照したソースは以下の記事。

●堂島商取「総合取引所」目指す SBI主導で経営再建(時事通信 2020年10月12日19時03分)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020101200794&g=eco

自分は元々、「堂島商品取引所」の存在自体を知らなかったが、この記事周りを追うことで、SBIの大阪金融都市構想に連なるもの、との認識を得た。
その流れでいうと、今回の記事は、SBIが「既存のデリバティブ市場の枠にとらわれず、リスクマネジメントを必要とするあらゆる取引のリスクヘッジ市場」(デジタル資産関連含む)を将来的に目指す堂島取引所の以下の1~4の工程(前ブログ記事より)で、いきなり序盤から「ノックダウン」させられた感じに思われる。

1 株式会社化・増資・経営陣刷新【←済?】
2 コメの現物市場も設け、先物取引と両輪で株価指数先物の匹敵するコメ先物指数を組成(可能性)【←今ここ】
3 当面は農産物取引所の魅力を拡充【←未?】
4 将来は商品、金融、新ジャンル(暗号資産・個別上場株)の先物を組成し、これらのオプションも取り扱う【←未】

前回ブログ記事で、「・・・というわけで、この『堂島商取の総合証券化と大阪の国際金融都市化』については、大いに期待するが、いろいろな抵抗を想起するに、なかなか一筋縄ではいかないだろうな、と考える。」と書いたが、予想通り、残念ながら一筋縄ではいかなかったわけだ。

関西人である自分は、SBIの大阪国際金融都市構想には、どちらかというと賛成の立場だ。
ただ、堂島取引所がその中で中心的位置づけを確保できるかよくわからないし、JPXグループもある中で、プレゼンスを発揮するのはなかなか難しい気もする。
前回の記事で、「・・・先日の東証の売買停止事故を見てもわかるとおり、取引所のキモは『システム』そのものだ。申し訳ないが、現時点では、堂島商取は東証arrownetや世界の主要取引所に伍するほどのシステムは持ち合わせていないと思われる。」と書いた通りだ。

それよりも、今、世の中ではDeFi(分散型金融)などが注目を浴びている中で、世界規模の「総合取引所」の相似形に挑むことが、これからもふさわしいのか、という考え方もあるかもしれない。
(もちろん、「取引所」レベルの大量のデータ処理をブロックチェーンで安定的に運用することなど、不可能かもしれないが)

昨年12月に書いた「デジタル証券のシンガポール集中とエンタメファンド」や昨年10月に「追記」した「金融都市構想と後期倭寇、その他」にもあるとおり、デジタル資産の取引市場構築の動きが世界各国であり、SBI(や、PTSで参加する三井住友FG)の大阪国際金融都市構想の背景には、そういった「新しい金融(商品)」の中心地になる、という考えもあるだろう。
(今年1月にやや我田引水気味に書いた「SBI・三井住友FGのPTSと新たなエンタメ金融の考察」のように)

場合によってはデジタル資産のデリバティブなどの可能性もあって堂島取引所には期待が持たれているのかもしれない。だとしたら、今回の「コメ先物断念」の結果は、今後の方向性の大筋にあまり影響するとは思わない。
「堂島=コメ先物の発祥地」を用いたブランディングの可能性は潰えたが、SBIは、今度は端から暗号資産やデジタル資産関連のデリバティブに特化した堂島取引所再興プランを打ち出せばよいのではないか。

それでも、今回も守旧派や既得権益層に改革が抑えられがちな“いつもの日本”の姿を垣間見て、また、何となく恣意的な記事の小ささを見て、本件には何となくモヤモヤとしてしまった。

<追記2021/8/12>
●コメ先物不認可の堂島取引所、「排出権」の上場目指す(産経新聞 2021/8/10 18:18)
https://www.sankei.com/article/20210810-5JPVCCXGYZKHPA3KAAPAQSFIQA/

上記記事のとおり、堂島取引所は次に「排出権」の上場を目指すらしい。
あくまで「一番大事なことは『総合取引所』をめざすことだ」という姿勢のようだ。
現在のこの取引所の規模感から考え、そこをゴールにするのは相当高い目標にも思うが。
堂島のコメの先物取引は取引量全体の9割を超えていたようなので、ほぼゼロからのスタートになる。
(ただし、不動産の賃貸収入などベースとなる稼ぎはあるらしい。)

正直、総合取引所を目指すという現在の方向性や、そもそも大阪国際金融都市構想の中核的な位置づけ(?)を当該取引所に担わせるのは難しい気もする・・・。

昨日ブログ記事を書いたときは、恣意的な報道の小ささに、「何だかモヤモヤするなあ」の気分が強かったが、一夜明けて冷静に堂島取引所の現在の姿を見たとき、「う~ん、堂島総合取引所構想自体に無理があるかもなあ」の気分が募ってきた。

いずれにせよ、コメ先物(=世界初の先物市場)発祥の地という「堂島」ブランドは大事にしてほしいな、と多少、思う次第。
(以上、追記終わり)

「新しい金融」世界と日本、金融当局

●小口融資、メルカリ系参入 スマホ決済の収益多角化競う フィンテック(日経 2021年8月3日 20:34)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB30BZ00Q1A730C2000000/

先日、「『新しい金融』とシニア金融マン」の記事で、「新しい金融」は情報と金融サービスが融合したものになり、「古い金融」と比べ『スーパーアプリ』化を目論むLINEなどIT企業の方が有利だ、と書いた。そして、IT企業のスーパーアプリ間の競争も、今後、し烈になってくることだろう。

上記日経記事のとおり、例えば「行動データ」に基づく与信など、世界中で情報(パーソナルデータ含む)を利用した金融サービスが展開されている。
元々、中国のテンセントやアリババが先行してきた分野だが、本家の中国ではこのところ政府による“締め付け”が厳しくなり、失速中。むしろ、グラブ(シンガポール)やゴジェック(インドネシア)など東南アジアでスーパーアプリをベースにした、決済をはじめとする金融ビジネスが急伸している。

アメリカではGAFAMといった巨大ITプラットフォーマーが強いので、スーパーアプリと呼ばれるサービスは出ていないが、Google PayやApple Payなど彼らも金融領域に進出している。
また、Facebookが暗号資産「リブラ構想」(現在は「ディエム」と改名され、構想もアプリ内決済という比較的おとなしいものに改変されている)を打ち出して世界の金融当局から袋叩き(!)にあったのは記憶に新しい。

Googleは日本でもスマホ決済ビジネスを始めようとしている。
先日、日本のPring(プリン)を買収して米国でのGoogle Payのサービスを日本でも適用させる公算だ。例えばグーグルの地図機能と連動して、利用者にあわせGoogle Pay加盟店からの特典や関連情報を表示させるなど、日本人に浸透しきっているグーグル上のサービスとの連携が見込まれる。
日本国内でのスマホ決済の競争は激しさを増していくことだろう。

●プリン買収でGoogle参入 モバイル決済、乱戦模様(日経 2021年7月13日 15:06 19:41更新)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB135DM0T10C21A7000000/

一方、アメリカには冒頭の日経記事に紹介されている米スクエアのように、GAFA以外でも(オーストラリアのアフターペイを3兆円で買収するなど)決済ビジネスのグローバル展開を模索している企業が有る。
スクエアは下の記事にある通り、

●米決済スクエア、仲介者不要の金融 ビットコインで推進(暗号資産(仮想通貨))(日経 2021年7月17日 5:27)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN16ELJ0W1A710C2000000/

DeFi(分散型金融、Decentralized finance、ディーファイ)の技術を開発すると発表している。DeFiは「銀行や取引所など第三者を介さない金融取引サービス、エコシステムなどのアプリ」で、全てインターネット・ブロックチェーン上で完結する管理者不要のシステム。
イーサリアムが主に使われているそうだが、スクエアはビットコインベースのシステム開発を行うらしい。

また、競合のPayPalもDeFi開発し、「ウォレットのスーパーアプリ化」を目指している。

●PayPal、DeFiやスマートコントラクト活用でウォレットのスーパーアプリ化を計画(HEDGE GUIDE 2021.08.02)
https://hedge.guide/news/paypal-looks-to-support-crypto-wallet-bc202108.html

管理者不在の金融サービス、それも既存の銀行や取引所が要らない、というのは、「古い金融」側の銀行・証券会社や金融当局などにとっては脅威でしかない。
例えばDeFiの一種のDEX(分散型暗号資産取引所、Decentralized Exchange)では(金融行政の下に置かれている)暗号資産取引所も不要だ。
DEXでは秘密鍵の管理を取引所に任せるのではなく、暗号資産を取引したい同士が、自らの鍵・アドレスを用いて直接取引を行う。
金融当局が「取引所に厳しくルールを課して、目を光らせておけば大丈夫」というわけにはいかない。

前のブログ「『新しい金融』とシニア金融マン」で、日本の金融ビジネスは遅れていて、このままでは「古い金融」側に属する金融マンたちの居所がなくなるかもしれない、遅れている、このままではいけないと、脅迫じみた書き方をした。
しかし、これまで書いたような巨大ITプラットフォーマーやスーパーアプリによる“金融エリア”への侵害やDefiといったDestructive(破壊的)な変革に戸惑いを見せているのは、「古い金融」の本丸(?)である規制当局そのものだろう。

●「巨大ITの監督強化急務」BIS提言、金融事業急拡大で(日経 2021年8月3日 14:30 )
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO74443230T00C21A8MM0000/

上記記事のとおり、世界の中央銀行で作るBIS(国際決済銀行)は、巨大ITが金融分野で急速に存在感を高める可能性を指摘し、金融安定上のリスク要因になりうる、と警鐘を鳴らしている。
規制当局は特に、Facebookがリブラ構想で目指した「グローバル・ステイプル・コイン」については、「世界中で規制が整うまでは、サービスを開始させない」という強い姿勢で臨んでいる(6月の7か国蔵相・中央銀行総裁声明@ロンドン)。

それこそ、このブログで何度もいろいろな記事で書いてきたように(例:「リブラ終焉か? そうでもないか? そしてスラマットは?」)、今勃興している「新しい金融」と国際金融規制当局とのせめぎあいは一筋縄ではいきそうにない。

それでも、金融マン一人一人は、「国際金融当局の規制がある限り、『古い金融』に属する我々の居場所がなくなるはずはない」などと、ゆめゆめ思わない方がいい。
前回の「『新しい金融』とシニア金融マン」に書いたように、【個(人間)】の力を軸に、優秀な“つながり”を持つ努力を行うべきだ。

さて、遅ればせ(?)にも思うのだが、日本の金融規制当局側も、今、『デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会』という取り組みをスタートしている。
先日、第1回が開かれたようだ。

●金融庁「デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会」(第1回)議事次第
日時:令和3年7月26日(月)10時00分~12時00分
https://www.fsa.go.jp/singi/digital/siryou/20210726.html

●金融庁が分散型金融に関する研究会を設立、解釈や課題も明記(HEDGE GUIDE 2021.07.26)
https://hedge.guide/news/fsa-to-establish-study-group-bc202107.html

ここでは、暗号資産やCBDC(中央銀行デジタル通貨)、デジタルマネーによる送金・決済、デジタル資産と資金調達、Defiなどについて幅広く規制の在り方を検討するようだ。
世界のビジネス環境上、“遅れている”日本ではあるが、規制の在り方を日本のみ独自のガラパゴス・ルールを設けるわけにはいかない。
いきおい、国際金融規制当局と世界の巨大IT企業やスーパーアプリ提供企業などとの駆け引きの結果が反映されたルールが、少しずつ、それでも長い時間を置かずにできてくるだろう。
この研究会の今後については、できるだけウォッチしておきたいと思う。

さて、自分は「エンタメとファイナンスをグローバルにつなぐクリエイティブ人」を目指し、コンテンツファンドを推奨してきた。
しかし今は、コンテンツ関連の資金調達では「デジタル資産のSTO」「個別デジタルコンテンツのNFT」といったものに可能性を感じている。前回のブログにも書いたとおりだ。

そんな意味で、この研究会の対象に「コンテンツ・著作物」があるのはとても嬉しい(テンション・アゲアゲ↑)。
しかし、課題として掲げられている「実態としてマネロンに用いられる懸念」については、ややがっかりしてしまう(テンション・サゲサゲ↓)。

これまでこのブログ(例:「デジタル証券のシンガポール集中とエンタメファンド」「オリラジとポケモンとSTO(雑記)」など )で書いてきたように、例えばSTOとファン吸引力を当て込んだ企業マーケティングへの援用、といった“合わせ技”のコンテンツ資金調達など、これまでの証券会社の証券マンでは対応できないようなビジネス機会があり得ると思っている。
それは、「新しい金融」の一つの姿だとも思う。

確かに、コンテンツビジネスには胡散臭い“輩”がつきものなのは事実かもしれないが・・・「コンテンツ・著作権=マネロン」のレッテル貼りだけで立ち止まっては、「胡散臭いからやめる方向で」「臭いものには蓋を」となりかねない。
当局にはぜひ、「コンテンツ・著作権=企業のマーケティングに資する資金調達」のような新しい可能性を鑑みて、STOやNFTのルール化を考えていただきたい。

「新しい金融」とシニア金融マン

●三菱UFJ、スマホ金融で業種超え連携 大和や東京海上と(日経 2021年7月29日 18:00)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGD282XX0Y1A720C2000000/
●三菱UFJが投入の金融アプリ、何ができる?(日経 2021年7月30日 7:00)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODL297QA0Z20C21A7000000/

30日(金)の日経新聞1面のニュース。
三菱UFJフィナンシャルグループ(MUFG)が「スマホ金融」で業界の垣根を越えた連携に乗り出し、API(アプリケーション・プログラミング・インターフェイス)で各社とデータ連携し、利用者は一元的に管理できるようになる、という内容。

このニュースに対する一般的なリアクションを同じ話題のYahooニュースへのコメントで探ってみたが、おおむねやや冷ややかで、
「要するにLINE PAYやPAYPAYの後追いを銀行がしようとしてるんでしょ?」
「スマホ決済やスマホ金融なんてセキュリティ面でも無理。銀行がやる意味あるの?」
「結局、全銀ネットの高い手数料を介するのであれば、インターフェイスだけ変わっても意味なくない?」
という趣旨のネガティブなものが目についた。

一方で、
「既得権益に縛られ新しいことに動こうとしないメガバンクが、初手からこのように大連携で動いたことはすごい」
というポジティブな意見も、少なくはあったが、目にした。

自分は、まったく後者の意見に賛成だ。
今回の動きは、「古い金融」のメインプレイヤーたちが、「新しい金融」の姿を想定し、はじめの第一歩を踏み出した、という画期的なニュースに思う。

このMUFGを中心とする取り組みは、「金融サービス仲介業」という形態になる。
昨年の1月にこのブログで「『金融サービス仲介業』のニュース」という記事を書いた。
ここで、金融サービス仲介業の登場の背景にあるのは、「昔からの大きな組織、つまり銀行だの証券会社だの保険会社だの、そういった枠組みが急速に“古く”なり」「(銀行や証券という)【組織】がAIなどシステムにとってかわられる動きを促進」する流れだ、と考えを書いた。
また、組織に属してきた【個(人間)】の価値が低下し、金融をバックボーンにする多くの者(特にロートル)は不要になるが、ピンチをチャンスにする気概で新しい世の中を想定し自らビジネスをクリエイトすべきだ、と結んだ。

過去記事「リブラ終焉か? そうでもないか? そしてスラマットは?」や「シンガポールのネット銀行にe-スポーツ企業が参入」にも書いたように、自分は「新しい金融」とは、情報と金融サービスが融合したものになり、場合によっては金融ビジネスはE-コマースの一環として集約されてしまうかもしれないとすら危惧している。
また、「金融」の枠が広がり、ネット上の特定経済圏での通貨に準ずるもの(暗号資産、電子マネー、各種ポイントのほか、デジタル資産なども含む)が同じサービス内で取り扱われるだろう。

顧客をコミュニティの中で取り込み、独自で経済圏を創ったり、複数の経済圏を繋いだりすることが「金融」と不可分になってくるから、そういう意味で「古い金融」に属する銀行などよりも、『スーパーアプリ』化を目論むLINEなどIT企業の方が有利だ。
そして、『スーパーアプリ』間の競争もグローバルで始動しようとしている。

このグローバル競争の中、極論として言えば、投資家保護ルールなど各国で統一できないことで“守られてきた”日本の金融ビジネスの大半が彼らに駆逐され、『スーパーアプリ』の中にある「日本国内の投資家向け金融サービス」のカテゴリーだけに存在するようになってしまうことも想定される。

そういう意味で、今回のMUFGの取り組みに最初から大和証券など異業種が参加したり、dポイントなどが加わっていることは、「新しい金融の担い手は(現在の金融ビジネスに属する)自分たちだ」という気概や積極性を感じる。

だとすると・・・早晩、「三菱UFJ銀行●●支店」「大和証券●●営業部」といった古い“要塞”の多くは無用の長物と化すことだろう。
スーパーアプリを要するIT企業のグローバル競争と同じスピードで経営資源を適切に配分しなければならない。「銀行マンが要らない時代」がとうとう本格的にやってくる。大リストラができなければ、金融ビジネスはITの軍門に下ることになる。

では、(自分がかつてそうであったような)金融マン、特に「今さら変われない」などとのたまうシニア金融マンはこれからどうすべきなのか。
『スーパーアプリ』下の金融ビジネスに集約化される一方で、“特別なお客様”(富裕層の資産運用や企業のファイナンスやM&A事案など)を扱う金融ジャンルは逆に希少価値が高くなっていく。
この“狭き門”を狙うしかない。そうでなければ、残念だが別業種に行くしかないが、多くの人々にはその道も険しいことだろう。

会社から「これを売ってきなさい」と言われてそれしか売れない人材では生き残れない。
一方で、銀行も証券も(古いビジネスモデルで人が多すぎるため)「これを売ってきなさい」スタンスをなかなか変えることができないだろう。

“特別なお客様”に信頼されるために、営業マンは、会社という【組織】ではなく、むしろ【個(人間)】の力で希少価値を発揮しなければならない。
これは、証券ビジネスにおけるIFAのような“独立系”に限らず、銀行・証券など企業に属していても同じだ。

しかし、個人が顧客のためにすべて調べてサービスを提供するなど不可能だ。
でも、企業に頼るだけでは、組織都合の販売圧力から逃れることは至難の業だ。
この解決策として、特別なナレッジを持つ特定の組織に属さないチーム形成、という方向が理想的だと思っている。

このブログでも何度か紹介しているが、自分の知り合いのプライベートバンカーの方は、彼を中心に有能なチームを作り、何年か前から“富裕層金融ジャンル下での特別なナレッジを共有する場(勉強会)”を運営している。
(有難いことに、自分はその中の一部のことをお手伝いさせていただいている)
彼らは、これを一歩進め、(勉強会と別に)ビジネスとして始動させており、独立系の営業マンや組織との提携を進めている。

こうした、特別な顧客に、特別なナレッジや質の高い情報などを、特別なサービスとして提供でき、「個の連携」を土台にした優秀な「個」たること。これが、“汎用化”の方向に向かうであろう「新しい金融」の対立軸として唯一生き残れる道だと思う。

そういう意味で、最後は蛇足だが・・・。
自分がずっと志してきた「コンテンツファイナンス」「エンタメファイナンス」というのも、「新しい金融に対峙する特別なサービス」の方向性に適うものではないだろうか。
コンテンツファンド革命 映画ビジネスと金融ビジネスの新たな関係』を出版してすでに四捨五入すると10年が経つ。
現在はもうコンテンツファンドという形態に固執しているわけではない(むしろ、デジタル証券のSTOやNFT、あるいは経済圏づくり、といったものに可能性を感じている)。
それでも、自分が志した「エンタメと金融をグローバルにつなぐことができるクリエイティブ人材」という目標が、もし優秀な金融マンたちとの「個」の連携の中で実現できれば僥倖に思うし、これからの時代に沿った方向性だと思っている。

<追記 2021/8/5>
日経新聞が、世界の銀行店舗削減の流れについて解説しているので、追記として参照しておく。

●世界の銀行店舗、なぜ削減?(日経 2021年8月5日 7:00)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODL048D40U1A800C2000000/

TikTokと音楽産業と、「ファスト映画」の未来

●TikTokとヒット曲作る 米ユニバーサル、Z世代に曲拡散。ソニーは邦楽リバイバル狙う(日経 2021年7月20日 2:00)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC121PR0S1A510C2000000/

少し前の記事。
大手音楽レーベル(米ユニバーサル・ミュージック・グループやソニーグループなどの)が、動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」と、ヒット曲を生む新しい仕組みづくりに取り組んでいる、という内容。

TikTokは(言わずもがなだが)、短いダンス動画などの投稿で世界中の特に若年層に視聴者層が広がっている動画投稿・配信アプリだ。中国の北京宇節跳動科技(バイトダンス)が運営している。

TikTokで“バズった”楽曲は国境を越えたヒットをもたらしている。
大手音楽レーベルは、このTikTokの投稿者・視聴者の連帯が持つ情報拡散力に“完落ち”し、「TikTokご利用者の皆さん。うちの楽曲をタダで提供するので、ガンガン使ってね」という、一見、“権利者らしからぬ”大盤振る舞いをする、という方向のようだ。

米ユニバーサルは所属する歌手や作曲家などの楽曲を、原則全てTikTok上に提供する契約を結んだ。
TikTokユーザーはテイラー・スイフトやクイーンなどのメジャー楽曲を切り取った30秒程度の音源を使い、自由に動画を制作・配信することができる。
競合の米ワーナー・ミュージック・グループもTikTok提供楽曲を増やしている。

ソニー・ミュージック・エンタテインメント(SME)は、TMネットワークやレベッカなどの80年代アーティストの楽曲5.3万曲を追加し、9万曲の邦楽を自由に使えるようにした。
現在、80年代を中心とする「シティポップ」が世界で流行しているが、そのヒットの枠を広げたい、という思惑を感じる。

さて、楽曲の権利者(著作権者、原盤権者)からすると、素人が楽曲を勝手に利用して切ったり貼ったりし、それをネットに上げて広く発信することは権利侵害に当たる。
それが、「勝手に利用して切り貼りして配信するなど許さん。訴えてやる!」とならずに「どうぞどうぞ、タダで使ってね。拡散してね!」となるのはなぜか。
それは、楽曲の権利者が、TikTokユーザーに無料で利用させることで、周り回って“儲かる”ことを信じているからだ。

一つは、TikTokでバズることで、正規の有料音楽配信(ストリーミング、ダウンロード。iTunesやSpotifyなど)サイトでの売り上げアップを狙う、というPRの観点からだ。

この記事で例として、ソニー・ミュージック・レーベルスのYamaというミュージシャンの『春を告げる』という楽曲の事例が挙がっている。
TikTokが火付け役となり、音楽配信サービスのストリーミング回数が1億回を上回る結果になった、という。

これまでの、タイアップやライブといった多額の宣伝費を必要とした「ヒットの方程式」が変わり、一般人の投稿が共感によってつながっていく「共感マーケティング」が主役に躍り出たと言っていい。
(音楽という)コンテンツの世界観を消費者が再構築していく「ファンダム」の流れ、ともいえる。

そして、音楽配信サービスのマーケットは海外に広がっている。ちまちまと日本国内の限られた層をターゲットにする必要はない。
記事にあるとおり、すでに音楽市場はCDなど記録媒体(パッケージ)によるものは一部にすぎず、ほとんどがストリーミングやダウンロードのサービスに移っている(そして、世界の音楽市場の規模は回復、拡大基調にある)。
最初から「世界の皆さんへお届け」を前提にできるのだ。

もう一つは、音楽配信サービスだけでなく、こんどはTikTok含むSNSやゲーム配信からカネを得よう、という動きだ。
上記記事には詳細な説明はないが、ユニバーサル・ミュージックは、今回のTikTokとの契約で、TikTok側から「ライセンス料や、再生回数に応じた利用料を得る」ことになっているそうだ。
・・・ユーザーにはタダで使わせ、権利者には権利料を支払うTikTokは、ではどこで稼いでいるのか、の説明はこの記事には見当たらない。
(おそらく、「TikTok For Business」のような商業利用からの還元を狙っているのでは、と推察するが)
一応、以下のような各サイトでも調べてみたが明確には分からなかった。

(参考)
●なぜTikTokに音楽業界が集まるのか? TikTok発アーティストの「メジャー契約」が急増する理由(All Digital Music  2021.02.21)
https://jaykogami.com/2021/02/17335.html
●音楽ビジネス生態系が変わり、レーベルが「サービス化」した今、TikTokにレコード会社が群がる理由(Note:StudioENTRE代表取締役 山口哲一氏 2021/03/01 15:59)
https://note.com/yamabug/n/n44f77d257a4b

いずれにせよ、楽曲(音源)を使った「新しい稼ぎ方」が模索されているのが現状なのだろう。
この「新しい稼ぎ方」の可能性は、(大手企業のCMや大型商業映画の「シンクロ化権」のような既存のビジネスにつなげる可能性も含め)TikTokを媒介とした“バズる”音楽の、投資対象としての価値(著作権・原盤権)を投資家に喚起することにつながる。

上記日経記事にも、音楽(音源)の新しい稼ぎ方に注目し、現在、音源がファンドなどを通じて投資対象となり、ボブ・ディランの楽曲の著作権が3億ドル超で売買されるなど過熱化している、と、紹介されている。

この傾向は、以前、『SBI・三井住友FGのPTSと新たなエンタメ金融の考察』で参照したとおり、ここ数年続いている現象だ。

(参考)
●米投資会社がテイラー・スウィフトの原盤権を約312億円で買収した理由(Rolling Stone Japan 2020/11/20 17:30)
https://rollingstonejapan.com/articles/detail/34946

これまで紹介したことを、別の角度から自分なりにまとめてみると、
1.【すでに起きた産業転換】CDなどパッケージから音楽配信サービスへ
2.【すでに起きたマーケティング環境の変化】SNS、TikTokなどで「共感マーケティング」「ファンダム」が定着
3.【現在進行形の「新しい稼ぎ方」の可能性】SNS、TikTokなどで権利者が稼ぐ方法論が模索されている
4.【マネーマーケット化】「新しい稼ぎ方」に期待した投資家資金の流入
そして、『SBI・三井住友FGのPTSと新たなエンタメ金融の考察』で書いた自分の“立ち位置”から加えて言うと、
5.【将来の、新たな“win-win-win”体制の構築】クリエイティブ側が搾取されない権利ビジネスの構築
へとつながる。

それは、現在よりもコンパクトな「音楽出版社/レーベル」の設立だったり、NFT(Non-Fungible Token)やSTO (Security Token Offering)といった、“新しい金融”領域に親和性のある流れだと思っている。

ところで、この間、『「ファスト映画」は害虫なのか?』というブログ記事を書いた。
「ファスト映画」を害虫扱いする映画・TV業界の保守性に怒りすら感じ、むしろ「ファンダム」の場としての新たなビジネスの可能性を模索すべきだ、という内容だった。
(自分が以前模索した『スラマット』というビジネスへの展開可能性も少し書いた)

今回のTikTokと音楽レーベルとの関係は、映画・TV業界にとっても示唆的ではないだろうか。
音楽レーベルは、「音楽を切り貼りして、自分のコンテンツとして発信する」TikTokerたちを「友人」として迎え入れた。
片や、映画・TVのステークホルダーたちは、「映画を切り貼りして、自分のコンテンツとして発信する」ファスト映画制作者たちを、“犯罪者”のレッテルを貼って(どう考えても“恣意的に”)警察に逮捕させた。

ファンを大事にせず、権利ばかり主張する人たちが、今後、どうなっていくのか・・・“見もの”なのかもしれない

「ファスト映画」は害虫なのか?

●「ファスト映画」投稿者3人を逮捕、全国初 「アイアムアヒーロー」「冷たい熱帯魚」など無断投稿(Yahooニュース 2021/6/23)
https://news.yahoo.co.jp/articles/09b1ff1efb34bb543996cf4ef6200c299a4a77b4

少し前のニュース。「ファスト映画」なるものの制作者が逮捕されたというもの。

今回の摘発で主要な役割を担った一般社団法人コンテンツ海外流通促進機構(CODA)は、
「CODAでは、悪質なアカウントについては、海外のプラットフォーマーに対しても国際執行手続を行い、アップローダーを特定するなど対策を進めて参ります。また、これら動画を視聴する行為は、犯罪者に間接的に収益を与え、さらには作品を作り出す権利者の利益を損ねているという事実をぜひ知っていただき、安易な視聴は控えていただくようお願いいたします」
と発表した。
映画(作品)の権利者側に立った、毅然たる声明だ。

ファスト映画とは、既存の映画やドラマを違法コピーして編集し、短時間に要約した解説動画のことだ。YouTubeなど動画共有・配信サイトによく投稿されている。

正直、ファスト映画、などという言葉は初めて聞いたが、この手の動画はYouTubeでたまに見たことがある。
著作権違反なのは自明だが、それでも自分は、1本の映画を丸々見ることとは違う、解説動画としての独自の魅力を感じていた、と正直に書いておく。
自分が見た解説動画には、自分がすでに見た映画作品も、未見の映画も両方あった。

既知の作品の解説に対しては、「なるほど、このように端的にまとめられるものなのか」「なるほど、そんな着眼点(動画作成者の)もあるのか」といった感想を持った。
未見の作品に関しては、「なかなか面白そう」と思えた作品の一部は、正規の有料動画配信サイトで見直したことも何度かある。
つまり、作品の権利者(その映画の製作委員会など)にとってみれば、その違法な解説動画のおかげで自分という顧客が獲得できたわけだ。

映画などは、事前にある程度興味を持たなければ劇場に行ったり動画配信で消費者がわざわざ見ようということにはならない。また、(最近はネット配信によって多少、変化が出ているが)多くの映画は劇場公開など当初認知時に偏って消費され、賞味期間が短い。

だから、このニュースが出る前は、「違反動画ではあるが、作品の権利者にとっては“いい宣伝”になっており、違法性に目をつぶって“win-win”状態にあるんだろうな」と思っていた。
やっきになって取り締まるのでなく、顧客誘導の波及効果も狙って放置しているのだろう、と。

しかし、その認識については誤解も甚だしかったようだ。
前述のとおり、作品権利者側は毅然として逮捕を促し、消費者側にも安易な視聴を控えるよう通知した。

果たして、この対応でよかったのだろうか?

もちろん、許諾も得ずに他人の著作物たる作品を切り取って自身の解説を加えて発表し、あまつさえ広告収益さえ得ていた輩などには同情の余地もない。そういう意見が大半だと思うし、法律を杓子定規に運営すれば、速やかな逮捕もやむなしなのかもしれない。
それでも、権利者側の拙速さや恣意性を感じてしまうのだ。

CODAの推計では、これまでの累計被害額は950億円になるそうだ。
この数字については、正直「?」だ。
この記事ではファスト映画が増え始めたのは2020年ごろというから、主にこの1年ほどで発生した逸失利益が950億円もある、というつもりなのだろうか。

ちなみに2020年の映画劇場興行収入が1432億円で、コロナの影響で例年より大幅減だった(前年比マイナス約1200億円)。
まさかそのほとんどが「ファスト映画の違法視聴による収益機会の逸失」だったとでもいうのだろうか。
いやいや、代替された先はネットフリックスなどの動画配信であって、コンテンツの権利者にとってそこには海外顧客の発掘というメリットもあったはずだ。

この「嵩上げ」された感がある被害額や、「ファスト映画」なる聞きなれない名称が急にメディアで耳目を集めだしたこと、さらに、その後すぐに逮捕者が出たことなどを見ると、(著作権違反者側の方を持つわけではないが)権利者側である“守旧的”なメディア・コンテンツ業界側の、恣意的な「圧」を感じてしまうのは自分だけだろうか。

「ファンダム」という言葉がある。
以前、「「コンテンツ・イズ・キング」と『天下の秤』」で紹介した、福原秀己氏著の『2030「文化GDP」世界1位の日本』で以下のように紹介されている。
「ファンダム(Fandom)とは、特定のコンテンツ(人物や物事や事象)に関して、そのファンが世界観を共有して創り出す「世界」ことである。文化や権威や領域という概念を包摂する抽象的な言葉。20世紀の初頭から使われている言葉。」

そして、これからの映画など各種コンテンツは、ファンがその世界観に共感してファンダムを軸にコミュニティ化していくような発展の仕方が望まれているように思う。
そこでは、トップダウン(権利者が旗を振ってすべての差配をする)でなくボトムアップ(あくまでファンが自発的に動き、権利者もファンと一緒になって動く)のアプローチが望ましい。
自分は、ファスト映画には、そんな、ファンを取り込み、コミュニティ化する一つのツールとしての発展可能性を感じていた。
それだけに、今回の恣意的・性急な摘発と逮捕には、残念なものを感じるのだ。

今回の件について、自分同様、様々な意見が出ているようだ。

●(参考)「ファスト映画問題から考える映画の未来」映画感想TikToker・しんのすけインタビュー(Yahooニュース。映画ナタリー 7/5(月) 13:28)
https://news.yahoo.co.jp/articles/7ae43b902d8f166f55efb0585b543656d8afe98e

このしんのすけ、という方は、権利者に一定の許諾を得て、「映画感想」動画をTikTokに上げている方のようだ。彼のTikTokを見たことはないが、記事を読んだ限り、彼には、映画愛というか、対象となる映画の認知を広げ一人でも多くのファンを獲得し仲間にしたい、というような“共同体”思考を感じる。

この記事でも、
「YouTube上のファスト映画は、ファンや一般層が映画の感想を吐き出し、作品に群がる場所として役立っていた」
「ミニシアター系映画、ビッグバジェット映画でも並列に、同じ目線で観られていた」
(多少要約)
というファスト映画が持っていた「意義」をやんわりと示唆している。

この記事への感想欄にもあったが、例えばアメリカはファンによる二次著作には寛容で、「フェアユース」という考え方がある。場合によってはそういった二次著作による二次著作者の収益化も認められている場合があるらしい。

こういった、ファンのコミュニティを醸成し、ファンや批評家による二次著作を認めたうえで、権利者も収益を受け取り、場合によっては二次著作者にも収益が上がるような仕組みを作れないものだろうか?

以前、ゼロベースで「ゼロベース思考:コロナとカラオケ」という文章を書いた。

ここでは、カラオケの派生ビジネスとして、世界中のその楽曲のファンの歌合戦的な、ファン参加型モデルを起案し、そこに広告をつけ権利者に収益分配するようなアイディアを書いた。
ファスト映画についても、そういった“全く新しい”ビジネスモデルを考えてみたらどうだろうか。

自分は『スラマット』という、各種プラットフォームを横断する「投げ銭」的な広告モデルを提唱してきた。このビジネスプランは、さりながら、あまり前に進まなかったし、検討の過程で別のものに変形していった。
ただ、当初のアイディアにも大きな可能性が有ったと考えている。
このファスト映画にしても『ファスト映画スラマット』のような仕組みを作ることは可能ではないだろうか。

例えば、
① ファスト映画制作者が権利者に許諾を得て収益分配を約する(『ファスト映画スラマット』を利用することで自動的に許諾、という仕組みが望ましい)
② Youtubeなどプラットフォームにファスト映画をアップし、同時に『ファスト映画スラマット』へリンクを貼り、興味を持った人にそこでの投げ銭を依頼する
③ 『ファスト映画スラマット』では投げ銭をファスト映画製作者、権利者、リンク元プラットフォーム、の3者に定められた分配を行う
④ 投げ銭は(投げ銭者の意向により)『ファスト映画スラマット』上で掲載され、その作品への貢献度を競える

こんな取り組みを、権利者側も巻き込んで行えれば、ファスト映画を活用した長期的なファンコミュニティ形成と、コンテンツの新しい収益化および収益サイクルの長期化、といった大きな効果を望めるのではないだろうか。

ちなみに、こういった新しいことを考える場合、権利者側は、えてして自分たちが“抱え込む”形の仕組みを考えようとするものだ。
例えば、「Youtubeの代わりに、ファスト映画専用の動画配信プラットフォームを作り、そこだけにファスト映画の配信を認めてはどうか?」といった発想だ。

<追記:2021/7/11>ちなみに、ファスト映画関連のニュースへのコメントで、「ファスト映画にニーズがあるなら、権利者側“だけ”がファスト映画的な動画を作って既存の動画配信プラットフォームに掲載したり、権利者“だけ”が掲載できる新たな有料プラットフォームを作ればいいのではないか?」という意見も何件か見た。(以上、追記、終わり)

残念ながら、そんな自分だけに都合がいい仕組みは、今の世の中、一般層には認められないし、すでに存在する大きな動画プラットフォーマーを駆逐することなど、端から目指しようがない。<追記:2021/7/11>また、前述のとおりファスト映画制作者の視点やセンスはなかなか侮れないものだ。彼らを“犯罪者”とみなすのでなく、映画を広める“同士(=ファン)”として積極的に取り込める方が、権利者が頭でっかちにファンを巻き込もうとするより良い結果をもたらすような気がしている。(以上、追記、終わり)「プラットフォーマーと共存」でき、「ファンと分かち合え」、「権利者が収益を得る」、三方よしのモデルを作ることを推し進めるべきだ。
また、(JASRAQがそうだとは言わないが)利権ビジネス的な“見え方”がしてしまうと育っていかないと思われるので、個人的には「ファンと分かち合え」の部分をないがしろにしない姿勢が肝のような気がしている。

このような<追記:2021/7/11>ファンダムをベースとした新たな(以上、追記、終わり)ビジネスを生み出すことこそ、“言うは易く行うは難し”ではあるが、これからの世の中に求められることではないだろうか。

<2021/8/4 追記>
その後のネット上の議論動向を漁ってみると、「ファスト映画」制作者への “犯罪者は逮捕せよ”的な意見の比重が大きいようだ。
一方、自分が「彼らを害虫扱いして逮捕したのは、拙速だった」と考えたのと同じ観点で、より詳細にデータや過去事例も交えて説明している方がいたので、ご紹介しておきたい。
これは素晴らしい記事だと思う。

●異論あり、ファスト映画考――逮捕は悪手である 田中辰雄 計量経済学(SYNODOS 2021.07.01)
https://synodos.jp/opinion/culture/24375/

「一般に、権利者は、対価の伴わない作品の利用に、ほとんど反射的に“禁止”の姿勢を取る傾向がある。売り物を対価なしに無料利用するとはけしからん、というのは人間の自然な心理であり、気持ちとしては理解できる。
しかし、エンターティメント産業では、対価なしの無料利用がファンのすそ野を広げ、市場を拡大してきたという歴史がある。YouTubeでの音楽配信がもっとも直近の事例であるが、それ以前にも例はある。」

この記事のこの文章に集約されるだろう。
音楽産業もゲーム産業も、古くは「野球リーグのラジオ実況」まで。
権利者と「対価なしの無料利用を試みる者たち」は試行錯誤し、新しいビジネスを切り開いてきた歴史がある。
にもかかわらず・・・。

今の映画・TV業界の拙速・稚拙な対応に残念さを感じてしまう。

<再追記 2021/8/17>
先日追記した、田中辰雄さんの「フェアユース導入はコンテンツ産業にプラスかマイナスか」という論文を読んでみた(論文なので、斜め読み。細かいディテールは飛ばして)。

●GLOCOM REVIEW:「フェアユース導入はコンテンツ産業にプラスかマイナスか」田中辰雄
https://www.glocom.ac.jp/wp-content/uploads/2020/10/glocom_review_82.pdf

Googleがどうしてアメリカで生まれ、日本からは生まれえなかったかの背景にフェアユースがある、と再認識した。
再創造・二次利用の観点からも、新ビジネス(ファスト映画含め)の可能性はフェアユースが有ることで広がる、と思う。
アメリカ独自の考え方だった(アメリカ型)フェアユースは、これによると今や、台湾、フィリピン、韓国など、複数の国に広がり、実際に台湾はこれによりビジネスが発展している。

日本も、このままではアジア近隣国に新ビジネスの創設で遅れをとってしまうのではないだろうか。

<再追記 2021/8/27>
●巨額の賠償、関与を後悔 著作権法違反 「ファスト映画」ナレーター男性(Yahooニュース 8/26(木) 19:44)
https://news.yahoo.co.jp/articles/80ef977d8536c310587c9fcd9d44656b90cb359c

この時の感情を記録するため、追記。
なぜナレーターのバイトが? 1000万円で和解?
これは「アナウンス効果を狙った、悪質な“ヤラセ劇”」としか思えない!

自分はずっと書いているとおり、「新しいビジネスの可能性」があるとしてファスト映画の肩を持ってきた側だ。
でも、権利者の「現段階で違法なのは見逃せない」という意見も当然理解する。
だったら、今後のテーマとして「ファスト映画は映画の未来を守る新しいビジネスになりうるか?」という論争を“正々堂々と”やればいい。

今回のやり口が「悪手」だったと、いずれ、歴史が証明するだろう。

少し感情的に書いてしまった・・・反省。
再度書くが、現時点でのファスト映画制作の違法性は認識しており、その意味で、もし犯罪を軽視しているような印象を読み手に与えたとすると、それは本意ではない。
So, excuse me.

アルケゴスとつまらぬ陰謀論、ファミリーオフィスの規制懸念について

●アルケゴス巨額損失事件、「金融規制強化」を引き寄せる転落劇の内幕(Yahooニュース~現代ビジネス 4/20(火) 6:02)
https://news.yahoo.co.jp/articles/472f21198ae3ba6b8b7afdb530c368d847470c5e

先月来、アメリカのプライベート運用会社のアルケゴス・キャピタル・マネジメントの話題でマーケットがかまびすしく、自分も興味を持っている。
興味の対象は、一つはこの記事にある「今後の金融規制強化」の問題だ。もう一つは、「なぜ金融機関はアルケゴスとの取引を拡げたのか」だ。

アルケゴス問題とは、非常にかいつまんで言うと、過度にリスクを取って取引を拡げた大口投資家(アルケゴス)が相場に失敗して、取引していた金融機関(クレディスイスや野村など)に莫大な損を与えたことで、関連して金融システム全般への波及の有無が注目されている、というものだ。

運用者のビル・ファン氏(ファン・ソングク。韓国生まれ)がどういった経緯でアルケゴス社を興し、どういう運用スタイルだったかはこの記事に詳しく書いてあるので割愛する。
アルケゴスの運用資産は設立時の2億ドルから破綻前では100倍になっていたという。
バイアコムCBSなど少数の銘柄にレバレッジをかけて投資し、金融機関との間でトータルリターンスワップ(=株価のリターンや配当などの原資産から生まれた全キャッシュフローと、固定金利や変動金利を交換する)を結ぶことで、自社で原資産を持たずに投資対象のリターンを得ていた。
金融機関は金利収入のほか、売買で発生する膨大な手数料が手に入っていた。レバレッジをかけた運用資産が500億ドル超とあるから、確かにすごい売買手数料になるだろう。

アルケゴス・ショックの影響による金融機関の損失はJPモルガン・チェースの試算で100億ドル(1.1兆円!)にも上るという。クレディスイスが47億ドル、野村が20億ドル、モルガン・スタンレーが9.1億ドル。野村以外でも三菱UFJが3億ドル、みずほが1億ドルほどの損失を被っているようだ。

日本のバブル崩壊の際に投入された公的資金で預金保険機構を通じてなされた額が13兆円だったと聞いている。アルケゴス1社でその約10分の1相当額の損失を生んだとはすごい。
もしアルケゴスの“ような”運用会社がほかに10社あるなら、あのバブル崩壊並みの潜在リスクが現在の市場にはあるということだ。もちろん、当時と今とでは世界の金融市場にあふれているキャッシュ総額は雲泥の差なので、金額だけで物を語るのはミスリードになるだろうが。

各金融機関が損害を被ったのは、記事にもあるように複数の金融機関とのスワップで個別銘柄のエクスポージャーが法的開示対象外だったこともあり、各金融機関で他所のポジションの状態が把握できていなかったからだという。

●アルケゴスの実態、パウエル議長が看破 豊島逸夫の金のつぶやき(日経電子版 2021年4月14日 11:18)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB00009_U1A410C2000000/

上記記事では、FRBのパウエル議長の言葉で、「問題視されている株スワップは、市場で普通に使われている売買手段」「そのリスクを銀行は理解しているはず。各銀行が承知していなかったのは、この1人の投資家(ファン氏という実名は出さず)がニューヨーク市場の5、6社と株スワップ取引をしていたことだ。各銀行は、その事実を、担保不足による強制売却処分の段階になって初めて知った」と説明がされている。

また、問題は「トータルリターンスワップ」だけでなく、アルケゴスが通常のヘッジファンドでなく「ファミリーオフィス」だったことで開示規制の対象外だったことがもう一つの“隠れ蓑”になった、と書かれている。

ちなみに、アルケゴス破綻に追いやったバイアコムCBSの売りを喚起したゴールドマンに対し、「個人投資家には買いを煽っておいて/護送船団の口約束を破って、売り抜けた」的な怨嗟の念が個人投資家や被害を被った金融機関から向けられているようだ。

●米アルケゴス、個人投資家も巻き込む 問われる業界モラル 豊島逸夫の金のつぶやき(日経電子版 2021年4月7日 11:52)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGD00008_X00C21A4000000/

上記記事のとおり、アルケゴスの問題には、
・各金融機関がアルケゴスを過度に信用しコントロールできなかった可能性(トータルリターンスワップの問題)
・アルケゴスが適切と思われる情報開示を免れてきた可能性(ファミリーオフィス規制の問題)
・バイアコムCBS増資に絡み、金融機関内(プライマリーブローカー部門・引受部門)のチャイニーズウォールにより投資家の不利益を招いた、あるいは利益相反があった可能性
などの複合的な問題が絡んでいる。

とはいえ、個人的に不思議なのが、どうしてクレディスイスをはじめとした金融機関はそこまでアルケゴスとの取引を拡大したのだろうか、という“そもそも”の点だ。

もちろん、膨大な手数料収入につられたのだろうし、各金融機関のトータルリターンスワップもパウエル議長の言う通り、別段、疑念を招く商いというものではない。
それでもなんとなく違和感を持ってしまうのは、自分がヘッジファンドや積極的な投資を行う運用会社と、その注文を受ける金融機関(のプライムブローカー部門)の実態について詳しくないからだけなのだろうか。
いくら手数料が稼げるからといって、また、競合金融機関の存在の想定も全くせず、1社にこれだけのエクスポージャーを取らせるものだろうか、といぶかってしまう。

【注:以下の文章には妄想の類が含まれるのでご容赦ください】
自分は「物語(フィクション)」好きなので、ビル・ファン氏あるいはアルケゴスが金融機関にそれだけの信用力を認められた背景に、ファン氏の運用実績と表面上の資産額“以外”に何か有ったのではなかろうか、と妙な想像をしてしまう。

アルケゴスはファミリーオフィスなので、資産の出し手はファン氏とその“ファミリー”しかあり得ない(?)のだが、もしかしたら表に現れていない真の投資家がいて、その人物の影響力で各金融機関内で“特別な案件”としてスルーされていたりしたのではないか、などだ。

ファン氏は牧師の息子で熱心なキリスト教徒で、「Grace & Mercy Foundation」という慈善団体を運営している。彼自身は質素な生活をしていて運用益の一部を財団に寄付し続けてきたと聞いている。
そういった背景や人的なつながりが、なにがしかの影響を与えていた可能性はないだろうか。

あるいはまったく別で、ファン氏が香港市場でインサイダー取引で有罪となった対象銘柄が中国銀行や中国建設銀行だったということもあり、当時の“インサイダー”たちの関与が今のアルケゴスにはあって、件の「米中対立」の文脈であぶりだされている、というような(これは完全な)妄想も湧き上がってしまう。

バイアコムCBSの暴落前の値段の釣り上がりや、逆に“嵌める”ような(?)投げ売りに、相場操縦のごとき違和感を感じてしまうのは、単に自分が陰謀論好きだからだろうか。
米中対立を背景になにがしかの資金を担う運用会社が狙い撃ちされ嵌められたような物語が描ければ、経済小説として面白いかもしれない。

あまり根も葉もない妄想を書き連ねると怒られかねないのでこの辺にしておこう。
あくまで戯言なのでご容赦いただきたい。
【以上、妄想終わり】

さて、最初に書いた、自分がもう一つ興味がある「今後の金融規制強化の問題」について。
当然、アメリカで今後、アルケゴスのような体制のファミリーオフィスへの規制が強化されていくだろう。
最初の参照記事にある通り、証券取引委員会(SEC)や米上院銀行委員会で調査やヒアリングが始まっているようだ。この後、公聴会が開かれるなどし、具体的な規制案ができてくるだろう、とのこと。

日本ではファミリーオフィスそのものの認知度が低いため、今回の件で、日本で「よく知らないけど、ファミリーオフィスって、問題だよね?」という風潮が出てこないか少し危惧している。

というのは、自分もお世話になっている富裕層ビジネスを長年経験されてきたプライベートバンカーの方が、今、「日本にファミリーオフィスとそのビジネスを普及させていきたい!」と頑張っておられるからだ。

ファミリーオフィスという存在は別にいかがわしいものではない。
超富裕層の個人やファミリーの資産を一括に管理する専用の資産運用サービスで、その主な目的はファミリーの富と遺産を管理して将来世代のために守ることだ。
一つのファミリーオフィスに、資産管理のプロ、税理士、会計士、弁護士、財団設立のプロなどがフルタイムやパートタイムで参加するケースが多い。
面白いところでは、アート専門家など、必ずしも伝統的な資産運用にとどまらない人材が参加するケースもあるらしい。実際、子弟の教育や慈善活動など、ファミリーオフィスの役割は幅広い。

16世紀頃のヨーロッパの王侯貴族の資産管理がファミリーオフィスのルーツだと言う人もいる。アメリカでロックフェラー、モルガン、カーネギーなどの華麗なる一族のファミリーオフィスが相次いで誕生して以降、急速に浸透していったそうだ。

ファミリーオフィスは世界に1万社以上あり、運用資産トータルで6兆ドルもある。
一つのファミリー専用のシングル・ファミリーオフィスだけでなく、複数のファミリーの財産を管理するマルチ・ファミリーオフィスも存在する。
富裕層の資産管理専用の金融機関と言えば「プライベートバンク」だが、これも元々ファミリーオフィスから始まって大きくなった金融機関が多い。

だから、今回のアルケゴスがファミリーオフィスだからといって、「ファミリーオフィスは規制の網がかかっていないから大問題だ」というのは、あまりに短絡的なのだ。

●(参考)UBS Global Family Office Report 2020
ubs-global-family-office-report-2020.pdf

例えば、上記『UBS Global Family Office Report』で見ると、総じて上場企業の株式や流動性の高い債券といった伝統的な資産で運用されているのがわかる。

むしろ、ファミリーオフィスであるにもかかわらずレバレッジを掛けて超積極的運用を行うアルケゴスのようなケースの方が言わば邪道な存在なのだ。

アルケゴスがファミリーオフィスの形態なのは、「トッド・フランク法(金融規制改革法)」による証券取引委員会(SEC)や商品先物取引委員会(CFTC)の規制を逃れるためにヘッジファンドがファミリーオフィスに“形態模写”したからだ。
「家族にのみ投資助言し、家族または家族が経営する事業体が100%所有」する運用会社(ファミリーオフィス)なら、SECへの登録や所有者・運用資産の開示を免れることができる。
これを逆手にとって、これまで少なくないヘッジファンドがファミリーオフィスへ形態変更をしてきたらしい。

そういう意味で、本来のファミリーオフィスの趣旨と違うハイリスク運用の「ファミリーオフィス形態模写型ヘッジファンド」はブラックボックスになっていると言え、今後のアメリカ金融市場の大きな潜在リスクであることは間違いない。

今回の件でファミリーオフィスに開示面での規制強化が図られるであろうことは間違いなかろう。
でも、それはごく一部の“特殊な”ファミリーオフィスに限られたもので、一般的なファミリーオフィスに波及するものではないはずだ、と思う。
(もし、すべてのファミリーオフィスへの資産開示義務の検討などがなされれば、超富裕層から大バッシングが起こるだろう)

一方で、日本ではファミリーオフィスそのものの知名度がまだ低い。
自分は、ファミリーオフィスは日本において今後の成長セクターととらえている。
先述のプライベートバンカーの知人の受け売りだが、これまで金融機関や不動産業者など個別の「売らんかな」が先行してきた“括り”のままでは、富裕層が安心して資産を預け、様々な相談をすることは難しいだろう。
中立で包括的かつ長期に渡るサポートができる体制が必要で、それは結局、ファミリーオフィスという形態に行きつくような気がする。

件の知人は、一足飛びにファミリーオフィスの運営というより、士業や金融マンなど富裕層ビジネスに携わる“個”のネットワークを広げ、コンサルとして携わるようなビジネスを始動している。
勝手な話だが、自分も上記ファミリーオフィスにおける「アート専門家」よろしく、あわよくば自分が目指してきたエンタメファイナンスの方向性と何か接着点があれば、と思っている。
(「趣味」や「人生の夢」の切り口などでも可能性はあるのではないか)

話があちこちに分散してしまったが・・・。
今後もアルケゴス関連のニュースには中止(4/28修正 ×中止→〇注視)していたいと思う。

<4/28追記>
アルケゴスでいろいろググったら、この会社にはアンディ(アンドリュー)・ミルズさんという、なんとなく大物っぽい方がエグゼクティブにおられるようですね。
直接の関係は分かりませんが、前述の「ビル・ファン氏あるいはアルケゴスが金融機関にそれだけの信用力を認められた背景に、ファン氏の運用実績と表面上の資産額“以外”に何か有ったのではなかろうか?」の問いに対し、この方の人脈などが背景に有ったのかもしれませんね。
まあ、当て推量はよくないので、あくまで備忘録的に追記する次第。
・・・しかし、野村も当初以上に損を拡げ、UBSも参戦(?)、と、この問題は簡単には収束しない感じですね。

お悔やみと、ささやかな思い出話

●原正人氏が死去 映画プロデューサー(日本経済新聞 2021年3月29日 21:49)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODG299IW0Z20C21A3000000/

『戦場のメリークリスマス』などのプロデュースで知られる原正人さんが先日お亡くなりになったことを、今知った。
謹んで、お悔やみを申し上げます。

原先生とは、本当にわずかなご縁ではあったが、何度かお目にかかったことがある。
いやむしろ、(直接の接点はほとんどないが)自分が『金融』業界から『映画』業界の片隅に居場所を得ることになる遠因を作ってくださった方、という側面もあるのかもしれない。

原先生は日本のインディペンデント系映画製作(プロデュース)の第一人者であるだけでなく、インディペンデント映画業界を下支えできるよう、フィルムファイナンスや人材育成に取り組んでこられた方だ。自分が所属していた東京国際映画祭がらみの団体にも強い影響を持ってきた。

自分が映画業界に入るきっかけとなったのは、映画専門大学院大学という専門職大学院で学んでいた際に脚本を書いたオリジナル企画『跳べ!サトルッツ』が角川のエンジェル大賞を受賞したからなのだが、原先生はこの大学院の特別講師で、かつ、エンジェル大賞の実質的な創設者だった。

専門職大学院の授業ではお目にかかる機会がなく、原先生と初めてお会いしたのはエンジェル大賞の「二次面接」の時だった。2007年の初夏のころだったと思う。

『跳べ!サトルッツ』は自分が初めて書いたオリジナル脚本(小学校の時のクラス劇や高校のクラスメイト達と作った映画の脚本を除いては)だった。これを専門職大学院の「映画企画」というK先生の授業でプレゼンしたものの、なんとABCの「C評価」を食らってしまった(それどころか、ABCしかないはずが「D」と書いてあった気がする)。
この授業ではクラス全員の企画をエンジェル大賞に応募することになっていたのだが、K先生の低評価ですっかり自信を無くしてしまった。
なので、オリジナル作品の応募は諦め、とある有名小説家のある短編小説にしようと(先方の許諾も得ていないのに)新たな企画書を提出した。
ただ、K先生がエンジェル大賞の応募期日前日の授業で「映画祭や企画コンペなどで映画や企画が受けるかどうかは、結局は審査員の好み次第。だから、悪い評価を得た企画でもダメもとで応募すればいい」とおっしゃるのを聞き、それで応募最終日ギリギリに提出した。
(すでに郵便では間に合わなかったので、自分の足で応募先のビルの郵便受けに投函した)

結果、そんな『跳べ!サトルッツ』ともう一人の企画だけが、なぜだか書類審査を通過して、一次面接に進むことになった。
一次面接では、映画プロデューサーで映画教育者のMさん、原先生のお身内で映画プロデューサーのYさんを始め、今では新進映画プロデューサーになったTさんなど、5、6名ほどの選考者の方々が集まっていた。
自分は彼らに、「どうしてまた、『跳べ!サトルッツ』を選んだんですか?」という素朴な疑問をぶつけてみた。もしかすると、話の内容とかではなく、潰れた山一證券のOBが脚本を書いて応募してきたのが面白がられたのではないか、と思ったからだ(もしそうだったとしても、有難いことだ)。

すると、皆さんが口をそろえて、「いや、あなたが書いた脚本が面白かったんです!」と言ってくださったのだ。本当に、すごく嬉しかった。
この面接では、選考者が面白いと思う企画に各々の選考者が自分の考えで入る、というスタイルだったようで、もう一人のクラスメイトの企画では2、3名程度しか同席しなかったらしいから、決して彼らの“おべんちゃら”ではなかったと思う。
実際、クラスメイトの中で次の二次面接に進んだ企画は自分の企画以外なかった。

そして、二次面接で初めて原先生と対面した。
開口一番、「面白い企画だと思った・・・でも、脚本は面白くないね」と言われた。
それを聞いて・・・実は、つい笑ってしまい、あわてて下を向いた。
(「いやいや、映画業界の皆さん、あんたがた俺を落としたり持ち上げたり、どないやねん」と可笑しくなってしまったのだ)

そして、何となくだが、原先生はそんな自分の反応に少し興味を持たれたのだと思う。
それまでは、選考者たちの顔を立ててくれたのであろうが、企画自体をそんなにたいして面白がっていなかったのではないだろうか。ご本人に聞いたわけではないので、これは完全に自分の想像なのだが。
ただ、自分は、原先生の二次面接を通ってエンジェル大賞を受賞できたのは、あそこで自分を客観視して「このシチュエーション、おもしれー」と状況を楽しんだからだ、と勝手に思っている。

次にお目にかかったのはエンジェル大賞の授賞式。その次が、確か、専門職大学院の特別授業みたいな時だったと思う。
そこで、原先生はとある古いご友人の脚本家を引き合いに出し、「クリエイターとはエゴイスティックなものだ」というご説明をされた(ようにうっすら記憶している)。
その友人の脚本家が自分が実現させたい企画、物語について、いくら先生が合理的に修正を求めようが、感情的になって頑なにそれを拒んだり、一方で反省して自己嫌悪したりしていた様子を話され、でも「とても人間臭い。それが素晴らしい」というポジティブな認識を持っていたという話だった。
クリエイションに携わる者には、そういう、どこかエゴイスティックで人間臭い部分がないといけない、ということだ。

自分は「プロデューサー(映画の大枠を作る+金集め+ビジネス)」を志向する者である一方、自身のオリジナル企画については「クリエイター(自分が“面白い”と思う物語の書き手)」でその実現を願う者、という、ある種の二面性を抱えている。ここにはある種の自己矛盾がある。
自分は、ビジネスにおいては、できるだけ論理的でありたいと思っている。(リアクションが感情的になることはあっても)思考はプラクティカルであるべきだと思っている。
しかし、原先生のこの授業もあって、自分は企画を立ち上げたら、まずはクリエイターとしてエゴを出すべきだ、という認識を持っているし、自身、まさにそういう性質を持ち合わせている。

もちろん、これは、頭から人の話に聞く耳を持たない、ということでは全くない。
そうではなく、例えばクリエイターとして伝えたい内容が相手に伝わっていないようなときにも、良かれと思っていろいろアドバイスをしてくれる人はいる。
でも、人の意見に右往左往する必要はなく、まずは自身のエゴのもと、じっくり自身のクリエイションの像、クリエイティビティの軸を探るべきだ、ということだ。

数日前、とある有名な脚本家の先生と大手メディアのプロデューサーに自身のまだ未成熟なドラマ企画(『天下の秤』)をお披露目し、ご意見を伺う機会があった。
このとき、自分は少し、エゴイスティックに振舞ってしまって、多少反省もしているのだが、そこにはクリエイターとして、企画を世に出したい気持ちの部分が表出してしまったのかもしれない。
(それを、原先生の言葉にかこつけてエクスキューズがしたいだけかもしれないが・・・)

さて、自分が最後に原先生とお目にかかったのは、(映画企画云々ではなく)富裕層向けの映画投資&コミュニティ形成のビジネスを実現させたい、ということで、ビジネスプランを持って、自分が所属する山一ウェルス・エンゲージメントの石田社長を連れてご挨拶に行ったときで、もう5年ほど前のことになる。

結局のところ、エンジェル大賞受賞企画も実現できていないし、その後自分が書いた何本かの映画企画も形になっていない。富裕層向けエンタメ金融ビジネスの方も、現時点では何ら芳しい成果を残せていない。

こういううっすらとしか接点しか持たない者なので、亡くなった原先生を偲ぶ文章をこんなふうにブログに書くのは、もしかしたら不遜なことかもしれない。

ただ、なんとなく自分の人生の中で、遠い位置ではあるけれど大きな指針として存在された方なので、ある種の寂しさを感じている。
(そういえば、専門職大学院に入って映画プロデューサーを目指した際、原先生の本を数冊買った。そんなところからも影響を受けているわけで)

まとまらない文章になってしまったが・・・改めて、謹んでお悔やみを申し上げます。