マスク氏への他力本願:ツイッターはスラマットを始めよ!

●ブラジル大統領、マスク氏のTwitter買収「希望の息吹」(日経 2022年5月21日 4:13)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN20ES90Q2A520C2000000/

先だってツイッターの買収を宣言したイーロン・マスク氏。とはいえ買収の行方は未だ予断を許さず、ここのところセクハラ疑惑など氏にアゲインストな話題も多い。
世界一の富豪となったものの、順風満帆とはいかないようだ。
うがった見方では、マスク氏がツイッター投稿に対し、これまでのフェイクニュース狩り・言論統制ともいえる恣意的な運営を改め、凍結されたドナルド・トランプ氏のアカウントも復活させる意向を示しているため、現政権・体制側から疎ましく思われている、という。もちろん真偽のほどは分からない。
この日経記事は、ツイッターを駆使して自己主張しフェイクニュース扱いも受けてきたブラジルのボルソナロ大統領がマスク氏と会談し、同氏のツイッター買収について「希望の息吹だ。世界には自由を盗もうとする人々がいる」と賛同の意を示した、というもの。マスク氏にとっては心強い言葉だろう。
(ブラジルはマスク氏率いるスペースXの衛星通信ネットワーク「スターリンク」を用いて、アマゾンの熱帯雨林監視や地方にある学校のインターネット接続で協力することも発表した。)

実は、マスク氏がツイッター買収意向を示してから、個人的に今後のツイッターのサービス動向が気になっている。
いつもの“妄想”気味で恐縮なのだが、自分が提唱していた「徳の経済」そして「スラマット(Selamat!)」のサービスを、ツイッターなら始められるのではないか、という漠たる思いからだ。

スラマットのコンセプトは、例えばコンサートチケットを売りたいアーティストが事前に投げ銭を募り、その集まった額に応じてチケット金額が元々の定価より下がったりタダになったりする、というものだ。
投げ銭する人や企業の投げ銭行動・金額はリアルタイムで開示される(フロー)。また、データベース化され、このデータベースも原則開示される(ストック)。第三者が様々な指標に基づき投げ銭する人や企業を評価できる仕組みだ。
こうして投げ銭を行う者たちが競い合うことで、第三者であるアーティストのファンを助けることで、広告的価値やファンからの畏敬の念を生む、という仕組みだ。

フローの開示の方は、「スラマット・ウィンドウ」というツイッターのつぶやきのような形態であまねく広く行いたいと考えていた(広告のRTBシステムを準用して)。
また、(第三者からの評価など)一定の条件に達した投げ銭者には「TOKU」というトークンを与えることで、広告効果や畏敬の念以外の実質的なメリットが提供できると考えている。

ツイッター社やマスク氏は今のところ全く考えていないと思うので大きなお世話だろうが、仮にツイッターがスラマットのサービスを始めることを考えてみる。
前者のスラマット・ウィンドウと投げ銭の仕組みは、現在、ツイッターが提供している「Tips」という投げ銭システムをそのまま使えば容易にサービス開始可能だ。

●(参考)Twitterの使い方:Twitterの投げ銭(Tips)とは?受け取り方・送り方まで分かりやすく解説(Insta Lab 2022.01.14)
https://find-model.jp/insta-lab/twitter-tips-manual/#i-4

あとは、
・リツイートに変わる(リツイートを援用する)第三者評価の仕組みを持つ
・投げ銭状況をデータベース化し、各種指標に基づき成績を開示できる仕組みを作る
・一定の第三者評価値を得た投げ銭者にNFTトークンのような形の報酬を与える
といったサービスを加えたらいい。

スラマット対象も、自分が最初に考えたリアル世界のコンサートチケットなどだけでなく、ゲーム関連のアイテムなど、メタバース内で流通されるものに重点を置いてもいい。
何なら、これから広がるメタバース世界に通底する価値観として「徳の経済」が有ってもいいと思う。
(色々説明をすっ飛ばしていて恐縮だが、メタバースという新しい世界には「徳の経済」という新しい価値観が似合うと思うのだが、どうだろうか。)

マスク氏のようなアイコン居れば「徳の経済」という新しい価値観を打ち出し、世の中を変えることが可能かもしれない。
自身のスラマットへの取り組みが尻すぼみとなり失意の日々の中、すっかり他力本願になってしまったが、将来、ツイッター社がそのような方向に向かうことを期待している。

ドル本位制から「天下の秤」の時代へ

●「ブレトンウッズ3」の足音 せめぎ合うドルと商品 特任編集委員 滝田 洋一(日経 2022年3月27日 13:00)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD220VM0S2A320C2000000/

日経特任編集委員・滝田氏の解説記事。
ロシアのウクラナ侵攻に対する制裁が、ロシアを国際金融網から締め出す形で実施され、ドルを金融兵器として用いる「金融戦争」になった。この結果、これまで国境をまたいで金が流れ富が富を生んだ「グローバリズム」に終止符を打つことなる、というご指摘だ。
この記事で、クレディスイスの金利戦略責任者ゾルタン・ポズサー氏が提唱する新しい基軸通貨体制「ブレトンウッズ3」について説明している。
曰く、
1.ブレトンウッズ体制(金ドル本位制)=ニクソンショックで崩壊
2.ブレトンウッズ2(ドル基軸通貨)=現在、これまで
3.ブレトンウッズ3(商品・人民元の台頭)=今、その幕が切って落とされようとしている!

ポズサー氏の「今回、ロシア制裁に踏み切ったことがドルの弱体化を招くことにつながる」という慧眼(なのかな?)。
ドル資産を差し押さえされる国はドルの代替資産を求め、原油など商品の役割が増す。資源商品にプレミアムが付き非資源国や新興国ではインフレと政情不安が起こり、そういった先に中国人民元による基軸通貨チャレンジが行われる、という説明。

●中国・習近平、じつは「金、石油、穀物」
をひっそり「爆買い」している危ない事情。世界通貨ドルは大ピンチへ 福島香織(Gendai.Ismedia 2022.03.28)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/93575?page=2

ほぼ同じ日に出た現代イズメディアの福島氏の記事。
こちらの記事では、同じくポズサー氏の指摘をより詳細に参照している。

ポズサー氏:
「目下の危機が収束しても、ドルは明らかに弱体化するであろう。
ゴールドを基礎にしたブレトンウッズ体制は内部通貨(インサイド・マネー=押収可能な米国国債など)を基礎にしたブレトンウッズ2に移行し、さらに外部通貨(アウトサイドマネー、ゴールドとその他コモディティ)を基礎にしたブレトンウッズ3に移行していくだろう。
危機が過ぎた後も、グローバル金融システムは依然とかなり違う形になるだろう」
「今まさにコモディティ危機が醸成されている可能性がある。コモディティは抵当になり、抵当がすなわち通貨の役割をする。
この危機はまさに外部通貨が内部通貨よりも魅力を増し続けることによる誘発される危機だ。ブレトンウッズ2は内部通貨の基礎の上にあるが、G7がロシアの外貨準備を凍結した時、その基礎はすでに崩壊しているのだ」

記事内の(二重)参照ばかりで恐縮だが、福島氏の記事では、モルガン・スタンレーの外為新興市場グローバル主管のジェームズ・ロードが出したリポートにも、同様の指摘がある、と書いている。

ロード氏:
「米国とその同盟国がロシア中央銀行の外貨準備を凍結する意向を示して以来、市場実務家はすぐに、ドルベースの国際金融システムからの離脱が加速される、という見方を示している」
「その他中央銀行が自分たちの外貨準備が、思っていたほど安全でないということに気づき、ドルの準備金を多元的に分散投資し始めたのだ」

福島氏記事によると、ロード氏いわく、各国中央銀行の外貨準備の備蓄資産(やソブリン・ウェルス・ファンド)が今後、買い貯めるのは、
・政治的同盟国の通貨や金融商品
・ゴールドなど実物資産
・自国範囲内で管理できるもの(可能な限り)
になってくる、ということ(・・・多少、自己流解釈かもしれないが)。

で、この記事曰く、ポズサー氏らのレポートを中国・習近平政権(金融当局関係者)が注目していて、金、石油、穀物をひっそり「爆買い」しているという。
その結果、ドルとの通貨戦争において中国人民元の地位が上がってくるだろう、という見立てだ。

と、長々と記事を参照して書いたが、自分は経済に強いわけでもないので、十分理解しているとは正直、言えない。しかし、

「ついにドル基軸体制が終わり、商品+人民元が力を持つ『ブレトンウッズ3』の時代がやってくる」

という大きなインパクトを受けた。
大きな「終わりの始まり」なのかもしれない。
日本はアメリカべったりの“オンリーさん”なので、日本政府・日銀(統合政府)のこれからの低空飛行化が見えるようで、恐ろしかったりもする。

とはいえ・・・。
この「ブレトンウッズ3」は、国際金融体制を昔の形に戻す、ということなのかもしれない、と思った。

ポズサー氏やロード氏の考えでは、これまで外貨準備で安全資産として何も考えず買われてきたドル資産の価値は下がり(少なくとも縮小したドル陣営の中でしか価値が認められなくなり)、実物資産にシフトしてくる。
通貨(銭)も商品も同じく価値を交換するモノであり、実用プラス交換手段として利用される貨幣と認識されることになる。
それは、中世の両替商や貿易商が営んでいた商いそのものなのではないだろうか?

このブログで何度か参照してきた、『撰銭とビタ一文の戦国史 (中世から近世へ)』(高木 久史 (著))に説明されているが、実は現在の政府・中央銀行が貨幣を発行し流通量を管理する、という世界は歴史的には「新しい」概念で、昔から貨幣というのは民間で作られて事実上それがデファクト化し、政府がそれを追認してきた、という歴史がある。

戦場で兵士間の価値交換のやり取りに「タバコ」が利用されるように、貨幣は合意形成さえされれば、一般的な「通貨」である必要すらない。

中世の日本でも絹などの布やコメが貨幣として流通されてきたし、戦国時代も中国(宋や明)の銭が流通し、ビタ銭と言われる勝手に鋳造された銭も出回っていた。
海外とのやり取りでは、明が公定の貨幣とする銀を基軸として、そういった様々な貨幣が、その時々の交換比率(レート)で交換されてきた。国内から武具類や銅、硫黄などを渡す代わりに中国から銭を輸入する、という流れもあったので、銭だろうが武具だろうが、それは商品でも貨幣でもあった。

ブレトンウッズ~ブレトンウッズ2体制では、各国政府の責任で発行され国際金融秩序の下に管理されてきた通貨(主にドル)や容易に交換可能な有価証券だけが貨幣として信頼されたが、ブレトンウッズ3体制では、貨幣の種類が膨れ上がり、それらの交換を担う両替商的役割がクローズアップされてくるだろう。

今の金融ビジネスやその周辺領域では、銀行が通貨を、証券会社が有価証券を、商品先物業者が商品デリバティブを、貴金属業者が金地金を取り扱う、といったように一見バラバラに見えるが、ざっくりくくると同じもの(貨幣やそれに準ずるもの)を取り扱っているように感じてきた。
狭い範囲をより狭くジャンル化して役割分担してきた、と言えるかもしれない。

でも、
・ここ数10年はセキュリタイゼーション(証券化)の流れの下、土地やローンなど有価証券や派生商品の原資産の領域は広がってきた。
・ビットコインなどパブリック・ブロックチェーンで流通する仮想通貨といった新しい貨幣も登場し、様々なコインがグローバルに交換されている。
・デジタル資産(有価証券の範疇のデジタル証券も、NFTのように範疇外のものも)はこれから本格的に発行されてくる。PTSや既存の証券取引所の発展でグローバルな流通市場にも発展していく可能性が見えている
こういう動きが進んでいた中で、今回のロシア制裁を契機にブレトンウッズ3体制に変わる先に、より広い世界が金融ビジネスの取り扱う領域になってくるのではないだろうか。
このブログで繰り返し述べているとおり、一方でデジタル化によって個人データ収集・利用も金融ビジネスと一体化するため、この広い範囲のビジネスを「金融ビジネス」と呼ぶかはさておき、となるが、今は「金融ビジネス」そのものが「中世の両替商」のように幅広い価値交換を行う大きなビジネスに切り替わる過渡期であり、その転機をもうすぐ迎える、ということかもしれない。

さて、このブログで何度か書いてきた『天下の秤』という物語の構想。
日本の戦国時代をグローバルな視点で見たとき、「後期倭寇」という東アジアのグローバル勢力は、ポルトガル・スペイン(のちにオランダ、イギリスなど)といったヨーロッパの勢力に伍して(金を価値の中心としたユダヤ金融資本でなく)「銀の経済圏」をグローバルに打ち立てる可能性が有った時代だった、と思う。

自分の中で物語の構想化自体が、今、全く進んでいないのだが、もう3年も前に書いた企画書ではこう書いた。

『天下の秤』とは
・排他的グローバルネットワークによる「情報」を権力者の射幸心をあおったり人民の不満をあおる方向などに活用し、“負けないゲーム”ができる
・世界一の経済大国・明の公定通貨「銀」を安価で仕入れ高値で供給し、“負けないゲーム”ができる
・茶の湯を基軸とした「嗜好品」の販売で、“負けないゲーム”ができる
・・・「これら“負けないゲーム”を(明と日本を中心に)東アジアにおいて確立し運営し続ける××一族と▲▲(の後継者)を頂点とする倭寇グループのことを、『天下の秤』と呼ぶ。
世界の基軸通貨と市場に流通する商品の価値を計り、一族の独占的な繁栄を図り、自らの商売のため情報を駆使して政治と治安の混乱を謀る。それが『天下の秤』である。」

もし、ポズサー氏らの予測が当たり、ブレトンウッズ3体制が定着する頃には「今と戦国時代のグローバル経済の相似形」が実感として認識されるかもしれない。
ずっとさぼっている、物語の構想化、ちゃんと進めたいな。
このままでは「言いっぱなしジャーマン」「言うだけ番長」で終わってしまいそうで、まずいです。

なお、『天下の秤』を進めることができてもできなくても、一方で「新しい金融」をチャレンジする流れの中に身を置いて、同世代の金融マンなどとともに新しい金融ビジネス像を探っていくことは志向していきたいと思っている。
というのも、彼ら後期倭寇や戦国時代の商人たちは、「国」という枠を超えて考え、活動していたから。
先に「アメリカべったりの日本政府の低落が怖い」と書いた。国に頼れない時代がやってくるとして、その時に頼れるのは、自分(やその仲間)の先見性と行動力だと思う。
国が没落するからといって、自分もそうなる、と思いふさいでしまうのは、それは違う。国よりももっと大きな視点を持ち“前を向いて”進んでいく・・・実際に自分自身がそんな大それた立場で生きられるかは別として、その気概くらいは持っていたい。

メタバース社会でこそスラマット(徳の経済)は生きるはずだ!

●AR・VR特許の競争力、Microsoft先行 メタバースの要に(日経 2022年3月7日 2:00)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC166CE0W2A210C2000000/

先日、「コール・オブ・デューティ」や「ウォークラフト」など人気ゲームを手がける米ゲーム会社アクティビジョン・ブリザードを7兆8000億円で買収したマイクロソフトがメタバースに通じるAR・VR系の特許獲得数で世界トップを走っている、という記事。日経新聞社とパテント・リザルト社の共同調査より。
メタバースに賭けフェイスブックから社名変更したメタはと言えば、グーグルとほぼ同数で6位。
そしてなんと、日本が世界に誇る我らが(?)ソニーが、彼らを上回り第3位だという。ソニーは先日、ホンダとタッグを組んで自動運転の世界でも存在感を示しつつある。
2位は米マジックリープで、同社はNTTドコモやグーグルから出資を受けているそうだ。

ゲーム大国の中国企業が見当たらないのが不思議だが(記事内に特記なし)、いずれにせよ、今後10年ほどの間に、世界中でインターネット上に多数の生活・社会空間が、仮想空間メタバースを通して構築されてくる。

映画『マトリックス』が描いた社会基盤ができるのかと思うと恐ろしくもあるが(同作品では仮想現実空間で生きられる代償に、支配者AIに電力供給する器官として人類が存在する)、仮想現実に生きることで充実感や自己肯定感を持つ人たちは多いだろう。自分もその予備軍なのかもしれない(お気楽な異世界転生ストーリーも好きだし、現実はつらいしなぁ)。

手つかずの新大陸がボコッボコッと現れるわけで、そこでは様々なビジネス、経済面での期待も寄せられている。
NFT(Non-Fungible Token)やメタバース内で取引される貨幣、メタバース内の不動産などを利用した投資や利殖、といったものに期待する人も多く、すでに「サンドボックス」(使用通貨SAND)など、投機的に人気化しているものもある。

●メタバースの扉は開いた 起業家や識者に聞く フィリップ・ローズデール氏/中村裕彦氏/増田雅史氏 時論・創論・複眼(日経 2022年3月7日 2:00)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD25A190V20C22A2000000/

こういったまだ未成熟なメタバースという存在に対し、識者が様々な意見を述べている。各々が持つメタバース像がバラバラなため各人の論点は統一されていないし(それだけ、幅広い発展可能性が有るということだ)、特に目新しい内容ではないが、納得するところがある。

「監視されたり情報操作されて、分断の場になるべきではない」と倫理的な主張をするのはフィリップ・ローズデール氏。
この記事のまとめ(アンカー)でも、「倫理と収益を両立できる仮想社会運営のモデルも見えない」が、それゆえに日本企業にも世界的プラットフォームを築ける可能性が残っている、と結んでいる。

そこで、このブログ記事の表題「メタバース社会でこそスラマット(徳の経済)は生きるはずだ!」の主張(我田引水)である。

自分が長らく実現を目指し、いったん諦めてしまった「スラマット(Selamat!)」や通底するアドコマース・徳の経済という概念こそ、新たなメタバース社会で花開くものではないだろうか。
(過去の経緯については、2021年8月25日『NFTをきっかけに、これまでと未来を考える』を参照)

様々なメタバース内で、取引される「商品」がある。これは、サンドボックスの土地や戦闘ゲームでの武器等のアイテムなど、様々、無限にあるだろう。ゲーム内でのプレイヤーの実演も商品になるなら、そういったサービス業的な商品もありだ。
その個々の商品を「広告媒体」として認識し、個人法人問わず「広告」(=「応援」)を求める。
スラマットで元々考えていたのは、「広告媒体」と「応援」を仲介し、かつ応援の結果、商品の単価が下がるよう連動させること。そして、応援者間の(RTBの)競争、応援者の実績が広く開示されること。
それにより、
「自分(購入者)が誰のおかげでこの商品を安く買えたか」
「応援者がどういう応援を継続しているか」
を衆人が認識でき、広告や自己PRの場として活用できる。

その後、「閉じた世界(一つのプラットフォーム)ではうまく行かない」と気づき、こういった「応援」を様々なプラットフォーム間で紐づけできるべきだ、と発想。
暗号資産のように投資して得るのではなく、また、一つのプラットフォームで利用する通貨ではなく、あくまでも、応援の実績として「ご褒美」がもらえる(徳のトークン『TOKU』)という仕組みだ。

広告代理店的なリソースだったり、応援を商品価格に反映させるシステムだったり、あらゆるものがない中で絵空事だけを唱えても、実現には程遠いチャレンジではあった。それでも様々な先に語る中で、スラマットが目指す「理念」だけでも広めて、巻き込めないか、と考え動いていた。

現状、依然としてまったく同じ状況なのだが、それでも、このスラマットのサービスは、複数のメタバース社会を繋ぐ(プラットフォームを超えた)、世界的なビジネスに発展できるものだと思う。
上記日経記事が言う「倫理と収益を両立できる仮想社会運営のモデル」として、日本が世界に打ち出すべきものこそがアドコマースであり『徳の経済』なのかもしれない。

正直、現在、NFTやメタバースの世界で起きていることは、結局は現実の資本主義社会の焼き直しで、金を持つ者が正しく、弱者を蹂躙して良い「太客(ふと客)」社会だ。
自分もその資本主義的価値観の中で「暗号資産、儲かるかも」「NFT、儲かるかも」と考えている側面があるので、あまり偉そうには言えないのだが、狂乱するNFTやメタバース内の土地取引を、やや冷めた感情で眺めてしまうことがある。

むしろ、これから勃興する“新しい世界”には“新しい価値観”を植え付けていけないだろうか。
元々、スラマットの取り組みで漠然と思っていたのが、
「資本主義の下、世界は貴族と奴隷と芸術家に集約される」
「でも、皆が芸術家になり『応援』される社会なら、奴隷の数は極小化し幸福な社会ができる」
というものだった。

理想論、と言われるか、あるいは、
「そんな世界が実現できたとして、結局そこでデータを握って稼ぎたいんでしょ?」
と見透かされる(?)かはわからないが、
「メタバース世界にこそ、『徳の経済』が必要だ!」
と、ここに強く記しておきたい。

注)この文章はあくまで意見表明であり、今から自分がすぐ、こういった何らかの事業に取り組もう、ということではないので、悪しからず

考察:水面下で進む金融の仕組みの変化

何となく、ここ数日に読んだ記事には、金融の新しい仕組みや変化について、示唆されるものがあった気がする。
バラバラな内容でまとまらないが、あえて、一つの記事にして、自らの頭の整理としたい。

●特典付きデジタル証券 三菱UFJ信託、個人向け開発(日経 2022年2月21日 18:34)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGD210V70R20C22A2000000/

デジタル証券の共通基盤「プログマ」を持つ三菱UFJ信託銀行が、株主優待や会員証など「特典付き」デジタル証券を開発すると発表。魅力的な特典で個人投資家をひきつけ、企業側も資金調達しやすくなる効果を見込んでおり、今後発行企業を募って、年内にも実証実験を始める、ということ。

前回のブログ(2022年2月9日「三菱UFJ信託のプログマコインと『新しい金融』への期待」。特に「追記」)でも書いた通り、デジタル証券は発行企業のマーケティングに有用で、ユーティリティ・トークンやNFTを活用した金銭以外の“サービス”的な還元により、ロイヤルカスタマー獲得につながる、と思っている。つまり、企業のファンマーケティングの観点からコンテンツフィナンスの有用性が増すとも思っている。
前回ブログのみならず、このブログで何回も繰り返し書いていることだ。

この日経記事ではまさに「株主優待のようなサービスの拡大」とあり、これぞ自分がずっと言い続けていることだ。そういうわけで個人的に、プログマの今後の展開には大いに期待している。

この記事では「地方の旅館が改装費用を調達するためにデジタル証券を発行し、投資家は配当収入に加えて、回収後の宿泊券を得られる」といったケースを想定しているが、資金調達と受益者サービスの組み合わせには、もっともっと広がりがあるだろう。

この紹介事例にもある通り、デジタル証券の発行者は、これまでの大企業ならずとも、もっと小規模な事業者もあり得る。
(元証券営業マンの立場から言えば)例えば、地方の旅館などのお客様に資金調達の提案に行けるのは、銀行マンや信金マンぐらいだった(証券系ではせいぜいM&A提案くらい?)。
でも、このデジタル証券発行+ファンマーケティング提案、という“新しい領域”が証券マンに広がるのではないか、と思っている。そして、このブログにずっと書き続けている(例:2021年1月29日「SBI・三井住友FGのPTSと新たなエンタメ金融の考察」。

自分としては、ブログに繰り返し書いてきた通り、この新しい証券+マーケ営業は、大手証券会社の社員ではなく、“個”の力を持つ、独立系(IFA)や組織に属してはいても独自ネットワークを持つ、シニア金融マンに担ってほしいと思っている(例:2021年8月2日「『新しい金融』とシニア金融マン」。

●地銀システムにクラウドの波 コスト圧縮で生き残り 低コスト・軽量へDX 異業種・外資参入で導入相次ぐ(日経 2022年2月21日 20:00)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB17C8M0X10C22A2000000/

こちらは同日の日経記事。
地銀が基幹システムである勘定系システムを、これまでのNTTデータなどベンダーから、AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)などのメガクラウドを中心に、クラウド系に移行し、中央集権型から分散型に変化してきている、という記事。
・北陸銀→日本ユニシス→AZURE(マイクロソフト)
・ふくおかFG→アクセンチュア→GCP(グーグル)
・東京きらぼしFG→SBJ銀行・SBJ DNX→?
・北洋銀・東邦銀→日本IBM→?(地銀10行で作る「TSUBASAアライアンス」)
・福島銀→フューチャーアーキテクト→AWS(アマゾン)

以前、ここ(2021年10月27日「金融向けIT規制と日本の金融ムラへの憂慮、強い『個』の連携」)で、金融機関向け行政指導において「そのシステム、ちゃんと運営してね」の矛先がクラウド業者やブロックチェーン業者に向かっており、それはかまわないが、現状の某メガバンクの状態を見ても天に唾する行為(?)では? と皮肉を書いた。
(某銀には自分の知人もいて、顧客からのクレームなどで非常にかわいそうな状況だと聞いている。中央集権型システムはもう、崩壊の途にある気がするのだが・・・。)

金融とは結局はシステムであり、大量のデータを構築し処理するにあたり、いち金融機関(および癒着先のITベンダー)では対処しきれなくなっている、と言えるのかもしれない。
これは金融機関のみならず、全銀ネットや日銀ネットなどの金融インフラについても言えることかもしれない。
にもかかわらず、

●地銀のサイバー攻撃リスク重点調査 金融庁、日銀と連携【イブニングスクープ】(日経 2022年2月22日 18:00)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB212ZE0R20C22A2000000/

この記事内で、「メガバンクに対して地銀はIT投資が遅れており、基幹システムの運用体制や外部のクラウドサービスの管理状況などを調べ、不備が有れば、行政処分も視野に入れる」とある。
地銀の基幹システムがクラウドサービスにシフトしているのを、「IT投資の遅れ」と評するのはいかがなものかな。言いたくないが、官公庁と“なあなあ”なITベンターからの圧を感じる書きぶりだ(個人の感想なので、言い過ぎが有れば、恐縮です)。

金融システムのクラウド化は、特に海外のチャレンジャーバンクなどで進んでおり、フレキシブルなサービス提供もある一方、システムも総じて安定している、という評価だ。
こうして“自国の既存産業優先”の姿勢で臨んでいるように感じられるのは、規制側としてどうかな、と思う。
金融庁や日銀(あるいは記事にある金融情報システムセンター(FISC))が監督者として銀行のサイバー攻撃リスクに備えるのは必要なことなので、それ自体には何も言うことはないし、地銀もクラウド業者やシステム開発業者に任せきりではなく、実態をきちんと管理すべきだとは思うので、記事にある重点調査自体に異論があるわけではないので、悪しからず。

●JPX、清田体制8年目へ 宮原元東証社長が執行役に復帰(日経 2022年2月22日 19:03)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB221LO0S2A220C2000000/

こちらは、日本取引所グループ(JPX)の新経営体制の記事。
「就任から8年目となる清田瞭・最高経営責任者(CEO、76)ら首脳陣は続投し、東京証券取引所の再編など重要案件に万全の布陣で臨む。4月にはデジタル事業を統括する中核子会社を新設。20年のシステム障害で引責辞任した東証社長を呼び戻し、取引の多寡に依存しない新たな収益モデルを模索する。」

2020年10月の東証アローネットのシステム障害・取引中断は、国内外で日本のシステム、社会基盤への信頼を少なからず棄損した事件だった。
その時の東証社長が4月新設のJPX総研の社長としてカムバックするそうだ。ネガティブにとらえる人もいるだろうが、自分は、この人はそれだけ優秀な人なのだろうな、と思う(実際には知らないが)。

このJPX総研では指数算出やデータ算出のデジタル事業を集約し収益源を拡げる期待があるとともに、デジタル証券や暗号資産の取り扱いをなど、新領域を探る役割も担う、という。
今後、デジタル証券が主流になれば、今の東証には“価値がなくなる”未来もあり得る。冒頭の日経記事の三菱UFJ信託のプログマを要するODX(大阪デジタルエクスチェンジ)などの頑張りで、投資家が「証券はすべてデジタルでいいじゃん」となるかもしれない(個人的には、当然、両社の領域は棲み分けがなされるとは思っているが)
なんとなく・・・今の国際金融ハブ競争の中で危機感を感じられないJPXだが(これも、あくまで個人の意見です)、普通にやっていたら生き残れない、という危機感をもって、このJPX総研主導での取引所改革に挑んでいただきたい。

ところで、東証は複数のメガクラウド上にバックアップシステムを持っていると聞く(メインのシステムも有るかは不明)。
前の記事に戻るが、だから、地銀がクラウドサービスを選択したことを「IT投資の遅れ」と称して金融庁や日銀がネガティブに言うのは自己矛盾が有る、と思う。
むしろ、以下はいずれも少し前の記事だが、

●グーグルがCMEに10億ドル出資、取引システムのクラウド化で提携(REUTERS 2021年11月5日7:46 午前)
https://jp.reuters.com/article/cme-investment-google-idJPKBN2HP2T4

●AWS、米証券取引所ナスダックのクラウド全面移行支援(日経 2021年12月1日 7:28)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN0102Z0R01C21A2000000/

世界最大の取引所グループのCMEは、グーグルの出資を受け、システムインフラをGCP(グーグル・クラウド・プラットフォーム)に移行しているし、競合相手のNASDAQのシステムも、もはやAWSのものだ。
もっと言えば、日本のデジタル庁自体がAWSとGCPを選択したわけで、そんな先を選んだ地銀を指して「IT投資の遅れ」などよく言えたな、と思うが、まあ、あんまり言うと何なので、この辺で。

いずれにせよ、世界中の証券取引所の裏側は「データ企業」を親会社に持つメガクラウドが担っている、という現実は、もはや世界の金融ハブが物理的にどこにある、ということ以前に大きなことかもしれない。
以前ここ(2020年10月13日「SBIの大阪金融都市構想とぐるぐる」)に書いたように、ロンドン取引所はリフィニティブを買収して、取引の土台を担うというよりは、そこで生じるデータ活用で生きようとしている。
このリフィニティブもAWSかGCPを活用していたはずだ(ググっても詳細は見つからなかったので、あくまで、“はず”で。なお、参照したブログ記事を書いた時点ではリフィニティブについてほぼ知識ゼロだったので、ちょっと恥ずかしかったりする)。

これまですっかり、日本のIT企業(というか、ゼネコン営業型のITベンダー)“下げ”、メガクラウド要するGAFA(のうちGA)“上げ”をしてしまったが、さりながら、自分にしても「日本の金融インフラを日本のシステム会社が担わなくて、ほんとに大丈夫なの?」という気がしないでもない。
もちろん、AWSもGCPも(AZUREも)あくまでデータセンターとそれに付随するシステム構築サービスであって、システム保守は担うけれど、データそのものの取得にはあずからない、という区分けのはずだ。「アマゾン本体とAWS、グーグルとGCPのデータ共有はなく、しっかり区分されている」というのが大前提のはずだ。
実態がどうなのかは部外者からは見えないので、つい素人目戦で、「重要なデータの基盤が軒並みGAFAに抑えられてしまって大丈夫なのかな?」と感じてしまうのは、何卒ご容赦いただきたい。

たとえば・・・以下は、あくまで“頭の体操”レベルの限りなく妄想じみた話なのだが、

●Inside Out 医療データ開国迫る巨大IT 健康管理や創薬に変革の波(日経 2022年2月20日 5:30)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC082GN0Y2A200C2000000/

このInside Outの記事では、アマゾン(AWS)やグーグルは医療機器経由や電子カルテなどの医療データを集めてAI活用で創薬などに役立てている、と説明されている。
日本は個人情報保護ルールの社会的合意形成に始まり、何もかもアメリカの周回遅れで、「産業競争力の源になる医療データを軒並み海外勢に占有される懸念もある」という書きぶりだ。

自分は、(これが“妄想”なのだが)金融ビジネスの中で「保険」は、今の金融の範疇を離れて、データを集約しシミュレーションを提供するIT企業の専任事業になっていく可能性が有ると思っている。例えば、医療関連データを駆使して各種保険関連シミュレーションを行う主体は、保険会社ではなく、データを集めて活用する側、つまりGAFA、という予測だ。
ニッセイもSompoもGAFAなどに駆逐されるかもしれない(もっとも、“お上”が保険業認可のルールにハードルを設けて、日本の保険会社が下請け的に残る道もあるかもしれないが)。

そういう意味で、(話を、銀行や取引所に戻すと)地銀やJPXに限らず、CME、NASDAQなど世界の取引所も、これから先どういう形で生き残っていくのか、変化していくのか。
国際金融体制を護持するサイドに立つと、銀行の機能も保険の機能も、GAFAにとってかわられる、という焦りが有るのかもしれない。
・・・ちょっと、表層的な事実を捉えてふくらまし過ぎかな(自己反省)?

冒頭に書いた通り、
「何となく、ここ数日の記事には示唆されるものがあった気がするので、あえて一つの記事にして、自らの頭の整理としたい。」
という思いで書いてみたが、まとまらないまま終わってしまい、反省。

ただ、そこに通底する「時代の変化」を予見させる“感じ”が、読者の方に伝わればありがたい。

三菱UFJ信託のプログマコインと「新しい金融」への期待

さっきアップしたブログ(『このブログのテーマにある一貫性』)のとおり、「新しい金融」の観点で気になった記事を。

●三菱UFJ信託、デジタル証券を即時決済 独自に電子通貨【イブニングスクープ】(日経 2022年2月7日 18:05)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGD26EAK0W2A120C2000000/

記事曰く、
「三菱UFJ信託銀行は商業不動産などを小口売買できるデジタル証券の普及に向け、即時決済できるデジタル通貨を発行する。証券をデジタル化すれば取引は即時に完了するが、現行制度上は資金決済まで2日ほどかかる。デジタル通貨で決済のスピードも速めて利便性を一段と高める。SBIホールディングスや三井住友フィナンシャルグループが2023年に始めるデジタル証券の取引市場でも使われる見通しだ。」
とのこと。

三菱UFJ信託はデジタル証券の「発行」「流通」「決済」の中で、決済(権利移転)を担う中立的プラットフォームとして「Prog///at(プログマ)」というシステム・サービスを始めている。
プログマは、デジタル証券の流通を担うSBIホールディングスや三井住友フィナンシャルグループの私設取引所(PTS)である大阪デジタルエクスチェンジ(ODX)との連携も進んでいて(2021年10月20日『大阪金融都市構想-新PTSの続報と「新しい金融」』)、デジタル証券における「ほふり」(証券保管振替機構)の役割を担うことになる。

日経記事にあるとおり、円連動のステープルコインの「プログマコイン」を介しての決済については、「T+0」つまり決済リスクがゼロになる同日(即時)受け渡しが可能になる。
(証券決済では約定日から受渡日の日数により、“T+〇(日)”という言い方をする)
記事に「通常の取引は証券の引き渡しや資金決済に2日ほどかかっていた。」とあるが、確かに、自分が山一に入った頃はまだ日本株の受け渡しは「T+4」だった。今は「T+2」。それだけでも隔世の感がある。

ところで、日本株の決済が「T+2」なのって、どんな根拠があるんだろうか?

これまで、長きにわたる各方面の調整を伴う証券決済制度改革を経て、日本株や債券は「DVP決済」という状況を実現している。
DVPとは「Delivery Versus Payment」の略で、証券の引渡し(Delivery)と代金の支払い(Payment)を相互に条件を付け、一方が行われない限り他方も行われないようにし、資金/証券を渡したにもかかわらず取引相手からその対価となる証券/資金を受け取れない「取りはぐれ」リスクを回避するための仕組みのこと。
資金については日銀ネットの当預系、証券については日本証券クリアリング機構といった証券系の処理を、相互連動することで実現した。
とはいえ、自分はこの辺、あまり詳しくないため、あくまでネット記事などからの参照情報ゆえ、あしからず。

(参考)日本取引所グループ(JPX)資料より
https://www.jpx.co.jp/learning/education/school/materials/tvdivq00000039zc-att/p.20-31.pdf
こちらは日本株の東証での株式取引に際する決済についてまとめてある資料。
証券会社は同社で発生した同じ決済日・同じ銘柄の株式の売買を相殺し、株式の決済をJPXグループの(株)日本証券クリアリング機構(JSCC)を通して行う(売買が成立した証券会社同士ではない)。同時にすべての銘柄の差金決済をJSCCとの間で行う、と説明されている。
証券会社間の株式の移動は、JSCC(株)の指図に基づいて(株)証券保管振替機構(ほふり)において管理される。
ほふりでは証券会社経由で株主情報を管理しており、発行体が作る株主名簿更新のために、基準日時点の株主情報を発行体に知らせている。

で、結局、株式の証券決済が「T+2」である根拠は、「?」。よくわからない。
おそらく、DVP決済の仕組み上、どうしてもこれだけの日数がかかってしまう、ということなのだろう。
法的に決められているわけではないと思われるし、もし何がしかの規定があったとしても、それは物理的制約に起因するルールなのだと思われる・・・あくまで個人の解釈だが。
つまり、「日銀ネット」「JSCC」「ほふり」(それ以外にも?)というDVP参加者の連携の現時点での限界が「T+2」なのだと思う。

一方、ブロックチェーンを活用したデジタル証券(セキュリティ・トークン)の場合、理論的には、誰が誰に売買して今誰が持っているか、をほぼ即時に把握できる。はずだ。
この証券決済と、同じくブロックチェーンで流通管理される暗号資産(≒電子通貨)での決済であれば、両者は連動し、証券決済も資金決済も即時に行える。はず。
法定通貨連動のステープルコインなら、後々(暗号資産取引所を介して?)法定通貨に(ほぼ)無リスクで交換できる。
というのが、今回の三菱UFJ信託の「プログマコイン」の意義なのだろうし、そういう意味では、このプログマコインの存在意義はODXにおけるデジタル証券市場の活性化にかかっている、ということでもあろう。
(なお、プログマはODX専属というわけでもないと思われるので、あくまでこの説明は便宜上のものである)

では、たとえば現在、日銀が“検討”を重ねているというCBDC(中央銀行デジタル通貨)を活用すれば、やはりブロックチェーン土台の通貨でもあり、日銀ネット上での問題が解消する、などということはないのだろうか。

●財務省、デジタル通貨対応で体制拡充へ(日経 2022年2月6日 20:09)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA28BE70Y2A120C2000000/

この記事は、やはり最近読んだもので、大蔵省がCBDC導入に向け、7月に体制強化をするよ、という内容。
通貨発行を担う理財局国庫課の専従は現在2名しかおらず、7月に2名増員する予定だとのこと。正直、えっ、そんなに少ないの? と思ってしまった。
もし日本にCBDCを実現させようとした場合、財務省所管の通貨法の改正などが必要となるようだ。法律に盛り込む内容も、仲介機関の選定や手数料、限度額、個人情報の扱いなど、多岐にわたる。記事によれば、大蔵省は金融庁とともに制度設計を検討していく、とある。

議論を主導する日銀は、21年4月から実証実験はじめ、第2段階となる22年4月からは、現金との交換や決済システムとの連携を確かめる、という予定になっている。とのこと。
実態は知らないが、大蔵省と日銀は“不倶戴天の敵”(?)のごとく仲が悪いそうで、この記事には、そんな確執が垣間見える気がする(これもあくまで、個人の感想なので悪しからず)。

そういうわけで、CBDCの実現自体に、まだまだハードルがある状況に思われる。
日本では23年に本格稼働すると思われるデジタル証券市場(ODX)が「T+0」も一つの“売り”として存在感を示していくことを期待する。
いずれ投資家層がデジタル証券投資に慣れた場合、「どうして株や債券は2日もかかるの?」「いっそのこと、全部デジタル証券に切り替えてくれない?」なんてことにもなるかもしれない(危うし!東証、JSCC、ほふり!!)。

さて、先述の直近ブログ(『このブログのテーマにある一貫性』)のとおり、自分はこういったデジタル証券にはコンテンツを軸にしたファイナンスニーズ及びマーケティングとの親和性が有ると感じている。
(これまでも、2021年1月29日『SBI・三井住友FGのPTSと新たなエンタメ金融の考察』他、このブログで言及し続けている)

三菱UFJ信託のプログマでは、プログマコインを介してデジタル特典・会員権的な扱いの「ユーティリティ・トークン」(参照-昔書いた記事:2018年11月20日『まちがってる!(セナーと金商法についての報道) その1』~その5  、2021年8月25日『NFTをきっかけに、これまでと未来を考える』ほか)との互換性をうたっており、ファンマーケティングへの援用という発展が期待されている。
セキュリティ・トークンを発行する企業など発行体のファイナンスの際、ユーティリティ・トークンの活用も介した相乗効果を見込み、マーケティングの土台になるかもしれない。
そういう観点からも、自分は注視している。

彼らが言う会員権的なユーティリティ・トークンと、現在流行の「NFT(Non-fungible Token)」との棲み分けや、各々の法的位置づけの整理など、諸々課題はあろう。
それでも、「金融側のプレイヤー」が担う役割に(前述ブログのとおり)、
「こうやって御社のファンを取り込んでいきましょう」
が含まれる方向性、チャンスに期待したていたい。
このODX-プログマの活用がその土台になるかもしれない。

 

(2022/2/9追記)肝心なことを書き忘れたので追記します。

自分は、このデジタル証券(およびユーティリティ・トークン?NFT?)を利用したマーケティング活用に欠かせない機能が、デジタル証券の発行企業に株主(投資家)を通知する機能だと思っている。
つまり、株で言う「基準日」段階の株主を知らせる「ほふり」の役割だ。
株の場合、基準日付で把握された株主に「配当」を交付するわけだが、もう一つ「株主優待」というのが投資家にとっての魅力だ。

前述のとおり、デジタル資産の場合、理論上は“いつでも”株主(投資家)を把握することができるわけで、株主優待的なサービスを“決算時に限らず”実施できることになる。

そもそも、企業を意表する株式と違い、デジタル証券なら様々な対象を裏付けにした証券が発行できる。例えば、(発行企業の資産である)コンテンツが対象となったデジタル証券、というのもあり得る。
収益配当に際し、金銭以外の“サービス”的な還元方法も考えうる。
(それこそ、デジタルベースの「ユーティリティ・トークン」「NFT」などは親和性が高い)

つまり、企業にとってこれまで株主優待くらいしかなかった投資家(≒企業にとってのロイヤルカスタマー)向けのサービス提供が、デジタル資産やNFTなどを活用することで幅広くできるような世界が広がる、というわけだ。

そういう意味で、今後、企業にとって、自社が持つ「コンテンツ」の価値が格段に上がってくるものと思われる。
「うちには、そんないいコンテンツがないなあ」という企業であっても、「だったら、他所からコンテンツを獲得しよう」という動きが起こる可能性もある。

そういうわけで、企業ファイナンスを担う法人部門、あるいは企業オーナーの資産運用を担う富裕層投資サービス担当者は、
「こうやって御社のファンを取り込んでいきましょう」
という選択肢の中に、「コンテンツ戦略」が含まれてくる可能性が有る。

というか、自分はそういう流れを、とてもとても、期待している。そういうわけで、プログマには今後とも関心を寄せていたい。

このブログのテーマにある一貫性

自分はこれまで「エンタメとファイナンスをグローバルにつなぐことができるクリエイティブ人材」を目標にしている。
このブログは書き始めた2018年4月以来、自分が読んだ新聞記事やネット記事を起点によしなしごとを書き綴っているのだが、その内容は自然と、この目標に沿ったものになっていたように思う。
これは、自分が長く携わった「金融」の範疇が、ここへきて“デジタル化”“グローバル化”で大きく様変わりしようとしていることと無縁ではない気がする。

「金融」側が「IT」勢力の力を借りて、あるいは「IT」勢力に侵食されながら歩んでいく「新しい金融」の世界。
自分は元々、金融の新しいジャンルとしてエンタメファイナンスを志していたわけだが、「エンタメ」がかかわる範疇も、エンタメ→(デジタル)マーケティング→(個人)データの取り扱い、といった連鎖があり、(単にエンタメのみならず)金融・エンタメの両者が一致する大きなエリアが生まれる『未来図』が見えてきている気がしている。
それは、企業のファイナンスとマーケティングが一体化する領域であり、そこに「デジタル証券」やコンテンツを軸にした企業のブランディング戦略、といったものが絡んでくるのだろう。
未来では、例えば中堅企業オーナーなどに対峙する法人部門や富裕層営業に携わる金融マンは、社長に対し、
「こうやって資金調達しましょう」
「これが儲かりますよ」
だけでなく、
「こうやって御社のファンを取り込んでいきましょう」
という類のアドバイスが必要になってくる気がしている。

そういうわけで、新聞記事などのニュースに触れる際の自分の興味の対象はバラバラなようで一貫性が有り、そのフィルターを経たこのブログのテーマには以下のようなものが多かったように思う。
・デジタル決済・デジタル資産など「新しい金融」
・コンテンツのマーケティング活用
・個人データのマーケティング活用

2022年、金融ビジネスの環境は大きく変わっていきそうに思う。自分の予測する方向に進んでいくか、楽しみでもあり、不安でもある。
(上記テーマに限定するつもりはないが)これからも時間が許す限り、“よしなしごと”を書き綴っていこうと思う。

「新しい金融」時代が始まったが「古い人」は無価値ではない

●亀澤・三菱UFJ社長、銀行機能を異業種企業に提供へ「フィンテック企業との提携増やす」(日経 2022/1/13)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGD113PS0R10C22A1000000/

三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の亀澤宏規社長が、個人向け金融について今後、金融サービスをBaaS(バンキング・アズ・ア・サービス)に切り替える考えを示した、という記事。
曰く、「異業種企業に銀行機能を提供し、そこから金融サービスが生まれる」。

ここに書いているBaaSとは、銀行など金融の会社が預金・融資など金融サービス機能をAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェイス)を通じて企業のアプリやサービスに提供する仕組みのことだ。
小売りやITなど異業種企業がAPIを組み込んで、彼らのサービス上で金融類似サービスを提供する、というとイメージしやすいかもしれない。

自分はこのブログで常々、「古い金融はe-コマースに飲み込まれ、その一つのセクターになってしまう」かもしれない、などと書いてきた。
(2021年8月15日『メルカリ黒字化とIT企業経済圏とNFT。そして「新しい金融」』、2021年8月2日『「新しい金融」とシニア金融マン』、2020年1月28日『「金融サービス仲介業」のニュース』、2019年12月29日『みずほとソフトバンクの情報銀行に思う(乱文)』など)

亀澤社長は「銀行支店は今の形のままでは残らない」と明言し、資産運用相談などの機能に特化した店舗を増やす方針を示したという。

これも、自分は「今の金融マンは、これから同じような働き方を続けられない」とたびたび書いてきた。そして、「既存の銀行や証券といった“古い枠組み”でしかものを考えられない人は、時代に置いて行かれる」という警鐘を続けてきた。
(上記のほか、2020年9月2日『金融庁長官のスピーチと「徳の経済」①~③』、2020年2月23日『シンガポールのネット銀行にe-スポーツ企業が参入』、2019年6月19日『Facebookの仮想通貨「Libra」』など)

もっと言えば、自分たちシニア世代への「世の中は変わる、既に変わっている。我々も変わらなきゃ!」的な警鐘もこのブログを書き出した当初から続けてきた
(2021年10月14日『「安い日本」と中抜き体質の日本的経営。「45歳定年制」に思う』、2020年11月18日 『NTTのスマートシティ構想―知ったかぶりと、呪文』、2020年10月5日『オジサンたちは変わらなければならない』、2019年7月22日『世の中は変わる、とみんな言い出している。“自分に期待”しよう』、2019年3月28日『前へ、歩こうかぃ』、2018年12月14日『いいと思います。あとは・・・ その2~3』、2018年4月21日『「変われない」のか「変わりたくない」のか』①~⑨、等々)

誰もほめてくれないので自画自賛するが、自分がこれまで持ってきた現在の金融ビジネス従事者、あるいはシニア世代への問題意識は、おおむね「正しかった」と思っている。自分には先見の明があった。自分の問題提示はほとんど誰にも聞いてもらえなかったけれど(有っても薄い反応しかなかったけれど)、自分は間違っていなかった。

それでも、実際にメガバンクの社長が「今後、『新しい金融』に舵を切ります。古い金融の組織は縮小します」(上記日経記事の、筆者による勝手な意訳)と言い出すのを聞くと、これから始まる変化に、つい、恐れおののいてしまう。

●みずほ、平成入行組に改革託す 激論の末に木原社長起用(日経 2022/1/11)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB102A60Q2A110C2000000/

そして、度重なる不祥事で組織変革に迫られたみずほフィナンシャルグループに「平成入社」の社長が誕生した(まったく、2022年は目に見えて「変革の年」だ!)。
これから、メガバンクはじめ大手金融機関で「新しい金融」の波が始まり、古い組織や人々の多くを駆逐していく動きが出るだろう。
(もちろん、日本の正社員は手厚く守られているので雇用が危うくなることはないが。)

自分が勝手に“仲間”だと感じている、(ミドル含む)「シニア金融マン」たちの心情に沿って考えると、これほど薄ら寒い時代はない。

●マネーフォワード辻社長 「人材採用力が成長力」(日経 2022/1/15)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB148O50U2A110C2000000/

実際、三菱UFJがBaaSで提携しているのは異分野のIT系の会社で、そのエンジニアの3割は外国人だという(上記日経記事より)。
これでは、シニア金融マンたちと被る要素は全くない。

だからこそ・・・。
このブログでも書き続けてきたように、現在ミドルやシニアの金融マン一人一人は、「組織から個」への転換を図るべきだ。

組織の中で居場所がなくなるのは、非常につらいものだったりする。
世の中の価値観が変わり、組織が自分に求める役割が満たされなくなると、急に自分が「価値がない人間だ」などと思ってしまうものだ。
もちろん、決してそんなことはない。

もし組織からの需要がないのであれば、自ら需要を切り開くべし、だ。
シニア金融マンたちには、これまで仕事やプライベートで獲得してきた“見えない”価値が豊富にあるはずだ。
そこで必要なのは、個としての「つながり」だと思う。
変化が激しい世の中なので、常に学習をして、自らを“バージョンアップ”し続ける必要もある。

「人生100年時代」と言われて久しい。実年齢にこだわって自らの可能性を狭めてはいけない。
2022年、この激動の年の初投稿は、自分自身への鼓舞も込めて、同世代の“仲間たち”へのエールとしたい。

「世界テレビ」時代のデジタル証券によるコンテンツファイナンス(雑記)

●Netflixとアマプラがぶち壊した「番組の国境」 あらゆる国の映像作品を現地の言語で楽しめる(東洋経済オンライン 2021/12/12 6:00)
https://toyokeizai.net/articles/-/474098

NetflixとAmazon Primeはコンテンツの製作(お金)の面でも制作(クリエイティブ)の面でも多くのメリット(予算の増額や、グローバルなチーム編成や企業間提携等々)を生んでいる、という記事。

「かつて”黒船”と呼ばれた海外映像配信サービスだが、各サービスが地域ごとの視聴者に向けたコンテンツ開発に力を入れた結果、日本でもクリエイターがより豊富な予算でものづくりできる環境が整ってきていた。が、状況はさらに一歩進んでいる。
制作予算が映像配信サービスを中心に回り始めただけではなく、映像制作にまつわるさまざまなノウハウ、サービス、あるいは人材に至るまで幅広く調達可能になってきたことで、映像制作の枠組みがより国際的になってきている。」
「良しあしはともかく、テレビ局を中心に巡っていた制作予算の流れが国内外の映像配信サービスへと移り変わり、むしろ日本人クリエイターにとっては才能を生かせる場が広がっていると考えられるからだ。」
(以上、上記記事より)

Netflixとアマプラは、国境を越えた視聴が可能な世界初の「世界テレビ」だ。
(ちょうど同日の日経記事『The Culture 文化時評』で「ネトフリは人類史上初の『世界テレビ』だとみる向きもある。」という紹介が有ったので、借用させてもらった)
コロナも一つの大きな背景として、世界の消費者はすでに「世界テレビ」をスタンダードな存在として認めつつある。既存のテレビや映画館での映画視聴、という枠組みは、残念ながら相対的にパワーを失いつつあるのが現状だ。
(一方で、米中対立という世界の分断の影響で、今後同様の拡大が続くとも言い切れないのだが)。

上記記事でインタビューを受けているNetflixの坂本氏の発言で、
「これからの5年で間違いなく起きるのは、映画や連続ドラマの制作、配信で”国境”がなくなるということ」
「どの国、地域の作品かは誰も気にしていない。AIによるおすすめなのか、あるいはキービジュアルが興味を引いているのか。作品ごとに状況は異なるが、スペインや韓国の作品がウケていることを考えれば、かつてのような制約はありません。バイヤーが間に入ることなく、ダイレクトに視聴者につながることで(作品そのものの)良さが受け入れられているのだと思います」
「以前ならば映画祭などで”誰かに見つけてもらう”ことがなければ、才能を披露する場を得られなかった。『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督がタランティーノ監督に”僕を見つけてくれてありがとう”とコメントしたが、世界中のクリエイティブを可視化することは不可能でした」
「作り手も刺激し合え、その成果もランキングという数字で見える。すると才能が見える化し、クリエイター同士のネットワークも広がります。世界の才能ある監督、撮影監督、脚本家、俳優が相互を認識することで、新しいクリエイティブが生まれるでしょう」
・・・とある。
自分がずっと考えてきたことは“正しかった”という思いと、そのような環境の実現に自分がほぼ“寄与していない”という悔しさ、残念な思いがある。

このブログを書き始めた2018年から、Netflix絡みの記事を何度か書いてきた。
初回記事の『「コンテンツ・イズ・キング」は幻か?①』~では、Netflixのようなグローバルなプラットフォーマーあってこそ「コンテンツ・イズ・キング」すなわち、テレビ局のような「流通側」ではない「クリエイティブ側」の価値が高まるのであって、権威主義的な映画祭などよりもNetflixのようなグローバル・プラットフォームの評価機能の方がフェアであり、そういうデータを得ることで、エンタメ・ファイナンス、コンテンツ・ファイナンスのニーズが高まるかもしれない、という希望観測を書いた。
2018年5月28日『NETFLIXに関する特集記事を読んで、雑記。』では、彼らが得る個人データと広告利用について。
2021年2月13日『アニメ業界・Netflixの急速な変化と「民主的」コンテンツ製作(考察)』では、3年前に『「コンテンツ・イズ・キング」は幻か?③』で書いた「Netflixはコンテンツの著作権を持っていかない」は間違いで、今の同社はスタジオ化を目指す方向だが、それでもがっかりする必要はなく、
「スタジオ・プラットフォーマー(流通側)とのパワーゲームの中で、“制作者・クリエイティブ側”は、ファイナンスや収益ウィンドウの面で、彼らに負けない武器を持つ必要がある」
という趣旨の文を書いた。
(他でも書いたかもしれないが、全部見直せないので、このくらいに。)

そしてそれらはすべて、「コンテンツ・イズ・キング」実現のためにエンタメファイナンス、コンテンツファイナンスを活性化させるべきだ!という議論につながる話だ。
結局、自分が2005年頃にコンテンツファイナンスを目指し、2007年以降コンテンツ業界に片足を突っ込んで以降、ずっと周りに語り続け、なおかつ、いまだに実現できていない物語に帰結するわけだ。

2013年に電子書籍で出版した『コンテンツファンド革命』では、第5章「変化の兆し」第1節“デジタル化”を軸にした大きな変節(b)流通プラットフォーム(Private)の変化、という箇所で、Netflixなどと競合業者とのコンテンツ争奪合戦が増加することで、コンテンツホルダー(権利者)は新しい様々な収益源を有られる可能性が有る、と書いた(当時は日テレのHulu買収前で、Netflixの存在感は今ほどではなかったため、同社への言及はやや少ないが)。
この本自体、そういった「新しい様々な収益源」を見越してこれまでよりも大きくカネを集め、コンテンツ展開をグローバルに考えるべきだ、という趣旨で書いたものだ。
その「大きくカネを集める」手段として、当時は「コンテンツファンドを」という主張だった。

このブログで何度も書いているように(例:2021年11月13日『世界に広がるデジタル証券取引と映画ファンド考』)、最近ではむしろ、デジタル証券のSTOと二次流通(PTS)の活用という方向性に大いに可能性を感じると同時に、NFT活用など、マーケティングも絡めたトータルなビジネス構想を思い巡らせている。
このブログでもSBIを筆頭としたデジタル証券とSTO構想や、そこでの映画版権取り扱いの可能性については何度も言及してきた(例:2021年10月20日「大阪金融都市構想-新PTSの続報と『新しい金融』」)。
STOは、流通先が決まっている「新作」(製作段階)でも、すでに「旧作」となった作品(新規の流通段階)でも可能だろう。
この際、これまでのキャッシュフローのデータや想定キャッシュフローなどに基づき、STOやセカンダリー段階で、どう適切なディスクロージャーを行うか、など、いわゆる金融側の目線も重要になるはずだ。
コンテンツファンド革命』で自分が主張したことが、デジタル証券という枠組みで実現する可能性は大いにあると思っている。

問題は・・・自分が現在、その「現場」に居ないことだ。

話は変わるが、上記記事で参照したN社のSさん(記事では実名)とは、これまで何度かお会いしてお話しした。と言っても、彼がN社で働くずっと前の話だ。
最初は、自分が働いていた東京国際映画祭で開催された企画マーケットの絡みでお会いした。確か2009年とか2010年で、もう10年以上も前。当時、日本とLAを股にかけたコンテンツビジネスを志向するSさん含む彼らチームのアグレッシブさに感化されたものだ。
(チームの一人はその後、大手に入り、某有名アニメ原作映画などでプロデューサーとして活躍してこられたようだ)
その後、自分が周りの方々と一緒にコンテンツファンドを対象とした第二種金融商品取引業の会社を興そう、としていた頃(だから、おそらく2011年か12年だと思うが)にもお会いした。
その時、Sさんはアジア系コンテンツ企業で日本のテレビ局との共同制作案件に関わっておられたはずだ。その際、当時の我々のコンテンツファンドへの取り組みの話をしたほか、自分のオリジナル企画『真央ちゃんになりたい』の脚本をお渡しした記憶がある。
そこから10年近くが経って、我彼の差たるや。いやはや。

別に“やっかみ”を言いたいたわけではない。
むしろ、上記インタビューでS氏が言う5年後、「映像コンテンツの制作・配信(配給?)で国境がなくなる」頃には、一方でSTOやセカンダリーマーケット、グローバルな広がりも伴うコンテンツファイナンス領域が育っているべきではないのか、ということだ。

この前、2021年11月13日 に投稿した『世界に広がるデジタル証券取引と映画ファンド考』で書いたように、
「今回のデジタル証券としてのエンタメ、という流れは、横の広がり(グローバル)も縦の広がり(ファンマーケティング)もある。
さらに、NFTにも話を拡げれば、クリエイティブ側への還元という流れも後押しされてくる。」
と思っている。

先日、自分が考えるプランのひな型段階のものを、複数の方々にお渡しした。とりあえず、周りに声掛けして、なにがしかのご意見をいただこう、という程度の、ほんのさわりの話だ
(特に、組成面は自分自身も不案内で、もっと知識を得なければ、という立場でもあるし)。
今はこの程度の動きしかできないが、こういった巻き込みの先に、なにがしかの展開があれば、と思う次第。

世界に広がるデジタル証券取引と映画ファンド考

●デジタル証券の取引所連合、アジアで 東海東京が構築へ(日経 2021年11月10日 5:00)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB02EAX0S1A101C2000000/

東海東京がアジアをまたにかけたブロックチェーン活用のデジタル証券取引所連合を作ろうとしている、という記事。
日本で「ADDXジャパン(仮称)」を2023年にも設立し、私設取引システム(PTS)の認可取得を検討しているということ。
先日、「大阪金融都市構想-新PTSの続報と『新しい金融』」でSBI・三井住友FGのODX(大阪デジタルエクスチェンジ)について記事を書いた(このブログでは、これまで他にもSBIによるデジタル資産の新しい取り組みについて何度も取り上げてきた)。
上記記事では、ADDXジャパンがODXにつなぐ可能性も示唆している。
一年近く前に「デジタル証券のシンガポール集中とエンタメファンド」でSBI、東海東京などのシンガポールでのデジタル証券取引所の取り組みや世界の流れについて参照したが、日本国内にも還流してきているようだ。

過去記事でも書いたが、世界の非上場資産は900兆円以上あるそうで、この日経記事では、
「スイスに拠点を置くブロックステートによれば、19年の世界のSTOによる調達額は4.5億ドル(約507億円)。25年にはSTOの市場規模は8兆ドル(約902兆円)になると予測する。」
とある。

SBI/三井住友陣営も東海東京も、当初は不動産、未上場企業の社債といった、投資家フレンドリー(?)なアセットのSTOを先行し、PTSでのセカンダリーマーケットで投資家を拡大していく、という絵を描いていると思われる。
上記記事では、
「第1弾として国内の不動産会社と組み、数十億円程度の不動産を裏付けにしたデジタル証券を発行する。電子記録移転権利(ST)と呼ばれるもので、国内での発行は初めて。金融庁に対してSTを販売できる登録変更を終えており、1口1000万円で日本とシンガポールの個人や機関投資家に販売する。このSTを近くADDXに上場する。」
とある。

デジタル証券という新たなビークル(投資対象そのものというより、投資信託・匿名組合持ち分のような投資の“ハコ”)の発行・流通の流れができる、というだけでなく、最初から(原則、プロ対象とはいえ)“海外”のカネを当て込んだ流れであることも注目すべきだろう。

こういった動きは単にSBI、東海東京といった企業だけの取り組みではなく、当然、金融当局が一定の関心・関与をもって動いている話だろう(残念ながら情報を持たないので詳しくは知らないが)。
投資開示ルールなど、投資家保護に基づき発行体を“縛る手段”を持つのは金融当局なので、現在の国際基準では“厳し目”と感じられる規制先行で進むのか、それとも「新しい金融」への期待をもって、デジタル証券・デジタル資産の市場育成に動こうとするのか、期待と不安を持って眺めていきたい。
(歴史的な当局の姿勢からすれば、不安しかないのだが、さすがに「日本はこのままでは没落する」と考える国士はいるだろうと信じたい。)

さて、自分は900兆円という“手あか”のついていない各種・各国資産のなかで、なかんずく「映画」「エンタメ」にずっとずっと期待してきた者だ。
ずっと、「グローバルに金融とエンタメを繋ぐことができるクリエイティブ人材」という目標を掲げている。

昔書いた「コンテンツファンド革命 映画ビジネスと金融ビジネスの新たな関係」の中では知財の管理ビジネスとグローバル・ビジネスとして、(当時は映画ファンド=信託受益権を考えていたが)グローバルな取引所でのセカンダリーマーケットの可能性を夢想し、その際の「透明性」確保のための開示の重要性について言及した。

現在のODXやADDXの取り組みは、うまくすれば当時自分が考えていた「グローバルに金融とエンタメを繋ぐ」場所に育ってくれるかもしれない。

かなり前だが、2017年7月に公益財団法人ユニジャパンと経済産業省が主催(協力:金融庁)した「コンテンツビジネスにおける資金調達と金融商品取引法」というセミナーを聞きに行ったのだが、その際に、森・濱田松本法律事務所の弁護士の増島雅和先生が「コンテンツビジネスの資金調達とファンド管理」という講演をされていた。
そこで、例えば“分散型資金調達モデルの最先端”として「Tokenのクラウドセールス(ICO)による資金調達モデルをコンテンツビジネスに応用」といった説明がサラッとされていた。
正直、聞いた当時はICOのことすら全く知らないトーシロだったのでよくわからなかったのだが、自分が「コンテンツファンド革命」で書いたことがデジタルの世界で解決される可能性を漠然と感じた。
その後、自分がICO絡みの取り組みに参加したり(「NFTをきっかけに、これまでと未来を考える」)いろいろ勉強したりする中で、映画制作とSTOの親和性やデジタル資産(証券)と発行体のファンマーケティング活用の可能性、あるいは、イニシャルなLLPとシニアビジネスマンの活用、などについて期待が募っている。
(「SBI・三井住友FGのPTSと新たなエンタメ金融の考察」「オリラジとポケモンとSTO(雑記)」など)
これらには、たとえばNFT(Non-fungible Token)発行によるファンビジネスへの転用とその吸引力を期待するスポンサー企業への橋渡し、という可能性も加味されると思う。
(さらに言えば、ファイスブック改めメタが大プッシュする「メタバース」の世界観とNFTの親和性も、個人的には感じている。)

いずれにせよ、「エンタメとファイナンスを繋ぐ」領域の中で「金融側」に属する領域が広がっていくのは間違いない(この動きが強固な規制などで失速しなければ)。

今、国内の映画やテレビといったレガシーメディアでは、こういった動きをどうとらえているのだろうか。ほとんどの人は察知すらしていないのだろうか。それとも、水面下で何か動きはあるのだろうか。
今は外野でただ見ているしかない自分の状況にもどかしさを感じる。
エンタメビジネスも金融ビジネスも、主要プレイヤーは保守的な傾向が強い。これはオジサン社会である日本の構造問題と言っていい(「オジサンたちは変わらなければならない」「投資を考えることは人生を考えることだ」)。

先月に書いた記事「大阪金融都市構想-新PTSの続報と『新しい金融』」でも取り上げたように、少し先にはあの“大”野村(自分の世代の元証券マンはどうしてもそう過大評価(?)してしまう)がデジタル証券の「売り子」として登場してくる。その頃にはある種のデジタル証券の投資ブームがあるだろう。
玉石混交の投資対象の中で、エンタメ案件は注視されることが予見できる。

問題はその“先”だ。
2000年代に小さなブームを起こした「映画ファンド」が、結局は失速したように、投資家にとってのいい投資案件と投資環境、継続的な産業としての発展がなければ、結局はまた単なるブームで終わってしまうだろう。
(参照:「コンテンツファンド革命」)

今回のデジタル証券としてのエンタメ、という流れは、横の広がり(グローバル)も縦の広がり(ファンマーケティング)もある。
さらに、NFTにも話を拡げれば、クリエイティブ側への還元という流れも後押しされてくる(「メルカリ黒字化とIT企業経済圏とNFT。そして『新しい金融』」)。
簡単にブームで終わってほしくはない(ブームすら起こらないのはもっと寂しい)。

これに関わるエンタメ業界側、あるいはサポートする金融側も、これまでの延長線上で物を考えていては、何も“変わらない”気がする。
変化はチャンス。何が起こるかよくわからないが、変化に臨んでおこう、という姿勢だけでも持っておきたいものだ。
例えば、今、金融側にいる人は、デジタル証券を軸にした新しい流れを見越して、自身の棚卸しをしておくのもいいかもしれない。
顧客や友人などの(海外含めた)人的なつながり、有力コンテンツへのスポンサーを希求する中堅企業とのつながり等々、自分が軸になる“つながりの化学反応”を起こす可能性が見つけられるかもしれない(≒エンゲージメント)。

・・・と、いかにも「エンタメ」はいかにも来るデジタル証券の主軸であるかのような書きぶりを続けてしまったが、最後にクールダウンを。
900兆円以上と言われるデジタル証券の潜在投資先の中でエンタメはあくまで僅かなものだと思う。
ただ、自分がこのブログで常々書いてきたように、もし「金融」と「マーケティング」の領域が近づいてくるのであれば、表面的な投資金額以上の影響力を持つ可能性は間違なくあると思う。

期待と不安をもって、これからの流れを見ていきたい。

金融向けIT規制と日本の金融ムラへの憂慮、強い「個」の連携

●【独自】金融向けITの監督・規制を強化…日米欧当局、指針作成へ(Yahoo Japan 10/26(火) 5:00)
https://news.yahoo.co.jp/articles/465ca0cc61e5f33d65547c7426ec9c92042eff6c

主要国の金融当局で構成される金融安定理事会(FSB)が、来年1月にも大手IT企業に対する具体的な規制指針の作成に着手し、早ければ2023年度の導入を目指す、というニュース。
監督・規制の対象となるのは、AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)などクラウド事業者やブロックチェーン、ということだそうだ。
この流れで、金融庁も国内での具体的な監督・規制のあり方について近く検討に入るという。

金融サービスとは、とどのつまりシステムなので、「システムをちゃんと運営してね」という意味合いとして、監督・規制は別段、おかしな話ではない気もするのだが、何となく“本末転倒”感が拭えなかったりする。

この記事では、「金融機関は、預金や決済を管理する基幹システムは自前で整備する一方、アプリなどスマートフォンやインターネットを活用したサービスでは、IT企業のクラウドサービスを使う例が増えている。」とある。
要は、幹の部分は自前のシステムなのでしっかり管理できるのだが、枝葉の部分は外部のクラウドサービスを使うケースが増えているので、「そのシステム、ちゃんと運営してね」という説明なのだが、みずほ銀行のシステムの壊滅的状況を見るに(当事者の方々には甚だ恐縮なれど)、素人目でも「いや~、自前システムより外部(クラウド)の方が、よほどしっかりしてるんじゃないですかね?」と思ってしまった。
国内の複数の銀行では、すでに勘定系システムもメガクラウド上に構築されている、と聞く(本チャンで使われているかバックアップ用なのかは知らないが)。
すでに金融機関独自のシステム構築やサーバー管理など、リスクの方が大きいと判断されつつあるのではないだろうか。

この記事に対するコメント欄を見たが、
「ITを監督規制するより日本の金融レガシー(全銀システム等)をどうにかせよ」
「日本の銀行はIT子会社に丸投げでいつまでも古いシステムを使い続けている」
「そこで実際にシステムを組んでいるのは下請け・孫請けの派遣社員など。だったらAWSを使う方がマシでは」
「IT子会社は銀行本体の行員と官僚の天下り先。ITベンダーとの癒着で腐敗している」
「金融業界ヒエラルキーで銀行至上主義がある限り、日本の金融の発展は難しい」
「海外のチャレンジャーバンクは日本の銀行のモバイルバンキングより安全性も利便性もかなり高くクラウドのシステム障害対策もきちんとされている」
等々、かなり厳しい意見が多かった。
正直、「やっぱりそうか」と思ってしまった。

金融は「古い」ビジネスで、少し前までシステム側を“使役”していればよかった。
でも今や「新しい金融」の時代で、巨大IT企業はその来る主役だとも目されている(時価総額だって全然、上だし)。

金融当局側が、自前のシステムが制度疲労を起こしているメガバンクなどからの視点で「システムをちゃんと運営してね」などと言えば、返す刀で「そっちこそな」「むしろIT企業視点で新しい金融システムを組み替える方が、よっぽど効率的では?」と言われてしまう気がする。

今回の記事の内容は、大きな流れとして、巨大化したグローバルITなど「私企業」を「国家」「国際規制当局」が“型に嵌め”ようとしている動きだと思う。
金融、特に銀行は「国家」「国際規制当局」が“型に嵌める”主ルートなので、その入り口から手を突っ込んで「奥歯ガタガタ言わしたる!」つもりなのだろう。かな。

自分はこのブログで再三書いているが、規制が先行する金融ムラのやり方では、「新しい金融」の可能性が閉ざされてしまうかもしれず(まあ、さりながら、金融国際規制当局が新参者のIT側に「はい、どうぞどうぞ」となるはずもないが)、金融側の“中の人”たちは、これまで通りのものの考え方、やり方では立ち行かないと持っている。
特に地銀全般や、メガバンクや総合証券の付加価値が小さい部門など、ビジネスモデルとして存在意義を問い直されつつある金融の“中の人”は、「個」としての大転換が必要だ、と書き続けてきた。

しかし、そんな中、日本では銀行(特に地銀?)が「組織」として延命するすべが用意されつつあるようだ。

●金融庁資料「新型コロナウイルス感染症等の影響による社会経済情勢の変化に対応して 金融の機能の強化及び安定の確保を図るための 銀行法等の一部を改正する法律案」(2021年3月)
https://www.fsa.go.jp/common/diet/204/01/setsumei.pdf

今般の銀行法の改正で、「デジタル化」「地方創生」などを背景に、これまで特例だった銀行業以外のスマホアプリやITシステムの販売、マーケティング・データ分析・広告展開、人材派遣などの事業に子会社・兄弟会社として手を出せることになった。
また、非上場の地域活性化事業会社に対する議決権100%の出資が可能となっている。

前者のITシステムの販売やマーケティング・データ分析・広告展開、というのは、自分がこのブログで書いてきたことを基調にすれば、むしろ、これからのビジネスのメインの側に位置する。
自分はこのブログでも「金融はe-コマースの1ジャンルに格下げになるかもしれない」と言い続けているので、こういった事業を「子会社で」というのは、銀行側の“驕り”ではないだろうか?と思ってしまう。
これが金融規制当局の“視座”であり、金融ムラの限界なんだろうな、という諦観もある(→銀行法の問題かもしれない)。

なお、後者の地域活性化事業に関する改正に対しては、(自分も大好きな「陰謀論」的な観点から?)日本の地方の優良中堅企業を外資の草刈り場にするための法案だ、と糾弾する声もある。

●なぜ地銀は地方経済の天敵になったか?改正銀行法で和製ハゲタカ化、外資も入り乱れ非上場優良企業が買い叩かれる=今市太郎(MONEY VOYCE 2021年8月12日)
https://www.mag2.com/p/money/1088652

「和製ハゲタカ化」になるのは避けていただきたいと心から願うが、地銀が抱えるゾンビ的に延命してきた融資先企業をデット・エクイティ・スワップで銀行が完全子会社化したうえで、M&AやMBOで再建する、という動きは増えてくることだろう。

経営者が高齢化している中堅・中小企業は多く、その多くは後継者不足とも言われている。
(中小企業庁は、今後、後継者不足が理由で休廃業する中小企業が増加し、2025年までに累計で約650万人の雇用と約22兆円のGDPが失われる可能性があるという試算を公表しているそうだ。)
だから、地銀がアンカーになって地方企業の再活性化を図る、という構造自体は、別に問題ないと思っている。
しかし・・・次の流れは何なんだろうか?

●「社長の右腕」候補、地方に橋渡し 金融庁が人材紹介(日経 2021年10月17日 5:00)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB08A1Y0Y1A001C2000000/

ちょっと前に日経に載っていた、この秋から金融庁の音頭で、メガバンクや大企業で働く管理職や専門人材を地方の中小企業に紹介する事業を本格的に始める、というニュース。
(官民ファンドの地域経済活性化支援機構(REVIC)が管理する、ということらしい)

先日、このニュースを見て、仰天して倒れそうになった。
「え? いろいろ問題ありすぎじゃないか?」

それで、ネット記事を漁ったら、そういえば、菅政権下の今年春先に同じ内容の記事が出ていて、その時も確か「いやいや、まずいでしょ」と頭がクラクラしたことを思い出した(本当に、忘れっぽくて嫌になる)。

この「地域企業経営人材マッチング促進事業」の要旨は、経営者の高齢化・後継者不足が問題視されている地方の中小企業・中堅企業と、これから「新しい金融」の台頭で人員余剰化が叫ばれるメガバンクなどの人材をマッチングしよう、というお話。
すでに6月にREVICのシステムはできており、10月から人材紹介業を担う地域銀行と信用金庫、提携人材紹介会社に無料開放した、ということらしい。

つまり、銀行法改正で「人材派遣業」も可能になる地銀は、早々に新ビジネスを得られる公算のようだ。

この記事にもある通り、
「金融庁は(メガバンクなど)大企業人材の紹介を通じ、中小の事業転換・事業拡大を後押しする」
「地域金融機関が企業側が求める経験や能力を具体的に聞き取った上で紹介」
「企業が採用すれば国から補助金が入る」
ということで・・・。

これって、お上が金融ムラの村人たちを救済し、オワコン地銀に存在意義を与え、地域経済活性化の名のもとに地方の中堅企業に余剰人材を押し付けよう、ってことなんじゃないの?
中堅企業側は、そんな人材を欲しいと思うのだろうか?

正直、ワタクシ、このニュースを読んで以降、少し「鬱」状態です。
やっぱり日本はこんな国なのか。
「護送船団」と言われた金融業界と官の根っこは全く変わっていない。
国(官)が支援するのはチャレンジャーではなくて体制におもねる人たち。
体制側の人たちはお上に“守られる”ことを信じ、変わろうとしない。
お上はきちんと飴玉を用意する。ほれ、このとおり。

今日の最初の「金融のIT規制」の記事と「銀行法改正とバンカー&地銀救済策(?)」には、直接的に関連性はない。
無理やりつなげて「整合性が取れていないのでは?」と思われるかもしれない。

しかし、最初の記事へのコメントにある“厳しい意見”を読み、後半の余剰メガバンカー救済策?を目の当たりにすると、日本の「古い」金融の敗戦構造が見えるような気がする。
「新しい金融」へと変わってゆくべき今の金融体制がこれで、ホントに大丈夫なのだろうか・・・。

いや、金融ムラの中の方々もこんな“お仕着せ”に乗っかろうとする人たちばかりじゃないだろう。
気骨のある人は、自分から地域経済に飛び込み、自分自身で再就職先を探し、自ら積極的に企業再生の提案を行うだろう。
それができる強い「個」と、同じように広くアンテナを張った「個」の連携こそ必要ではないだろうか。

今回の記事はいつもにも増して取り留めなくなってしまった。
さりながら集中力も切れたゆえ、とりあえず、この形でUPしようと思う。