金融庁長官のスピーチと「徳の経済」③

それよりも、まずは大きく可能性を語り合い、ブロックチェーン等の新しい技術に立脚した新しい社会連携の姿を思い描く取り組みが活性化してほしいな、と思ったりする。
自分の「徳の経済」構想も、単にビジネスやプラットフォームという観点からでなく、こういった趣旨で語り合える“仲間たち”が欲しいものだ。

なお、こう書くと、「資本主義を駆逐し社会主義革命を起こしたいのか?」などと大仰なことをいう人が現れてしまうかもしれない。いや、そうではなくて・・・。
「徳の経済」構想の観点が、民間での富の再配分の仕組みづくり、ということなので、確かに社会主義的発想に思われるかもしれない。しかし、自分はあくまでも公平な資本主義・自由競争の結果得られた富を配分するやり方として掲げているに過ぎない。
しかも、強者からの弱者への配分と決めつけず、「クリエイティビティ(クリエイティブな人)」を軸にした、持つ人からのそれに「影響を受ける人(ファン)」への配分、という「三方よし」な社会観で、「徳」を語る割には「得」にもこだわる、その意味でも「欲の経済」と完全分離したものでもない。

理想を語り社会変革を青臭く語りたいわけではなく、あくまで“ビジネス”に立脚した方法論を模索したいと思っている(公益法人など公益性を持つ主体による運営、という発想はあるが)。
なので・・・欲を言えば、“仲間たち”には変に政治思想性を持たない方々の参加がありがたいかもしれない。

とはいえ・・・。
今、チマタでMMT(現代貨幣理論)やベーシックインカムを語る方が増えており、複数の政治的ムーブメントが立ち上がっている。
あまりラディカルな方向を求めている方々にはご遠慮願いたいが、「(資本主義が)一方向に行き過ぎた世の中をChangeしたい」という思念をもって政治的活動をされているような方々には、いろいろと教えを乞えればありがたい、という気もしている。
「徳の経済」はベーシックインカムの部分的な代替手段になる可能性があると思っているので。

この辺は正直、よくは理解できていないので恐縮だが・・・今の法定通貨は信用貨幣で「誰かの借金(信用創造)」から生じる。実体経済を凌駕して信用経済が構築されるため、構造的に常に「バブルとクラッシュ」の可能性をはらむ。自ずと貸し先の信用評価が重要視され、その結果、「持つ者」にしかお金は流れない。
また、(日銀含めた統合)政府から「持たない者」への資金供与を考えても、貨幣は銀行が発行(信用供与)主体となるため政府は構造的に財政赤字を抱え、財政規律を求められる結果、政策面で自縄自縛に陥りがちだ。

一方、このコロナ禍で、どの国でもMMTに影響されたかのような(?)大規模財政出動がなされた。この影響もあって発生した「寄付・クラウドファンディング」ブームは、示唆に富んだ一つの光明かもしれない。
(小規模な疑似ベーシックインカム的な)一律給付の10万円ほか政府からの資金が民間部門に流れ、だぶついた金の一部は、「善意」という衣をまとって「持てる者から持たない者への富の再配分」がなされたからだ。

もし、「アドコマース」という「善意」(9/2追記:だけでなくそれ)以外のファクターを抱える「持てる者から持たない者への富の再配分」たる経済活動が定着した場合、その経済効果を当て込んだ財政出動、といった流れもありうるかもしれない。

・・・最後の方は大風呂敷を広げすぎたかも(失礼しました)。
いずれにせよ、金融庁長官というエライ人まで「このままの金融制度は継続しない」「Changeが必要」と発言する時代になった(あくまで、自分の意訳ベースで、だが)。

Life is entertainment - クリエイティビティこそが世の中を変えていく原動力になれば、と願う。

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