終戦の日、NHKスペシャルで「ノモンハン」の特集を見た。曰く、あの紛争の総括ができていれば、その後、太平洋戦争に突入したとて、歴史は大きく変わっていたのではないか、ということ。

実際に、見ていて本当に怒り、呆れ、そして、そして胸が苦しくなった。

 

ソ連で実際に戦車輸送を目にして、ソ連が大部隊を準備していると諫言した人の情報を無視したどころか、「それを本部に報告したら、キミ、夜歩けなくなるよ」と脅かす。

多勢に無勢の激戦の中、多くの犠牲を出し、「このまま玉砕するよりは主流部隊に戻って体勢を立て直そう」と決断し戻った部隊長を、その後、軍法会議にかけるでもなく「うむ、その、それ・・・わかるな」と自決させる。当事者たちは戦後も遺族にも誰にも報告していない。

機能不全で不時着して捕虜になった航空部隊の部隊長も、やはり、絶妙な空気感の中で自決に追い込まれたが、その当事者も「あれは本人が勝手にやったことでありまして」。

現場で命を賭して戦った、そして亡くなった人たちはただの「駒」扱い。それ以下。現場にはとことん過剰な責任を背負わせる。

 

現地本部といえばイケイケどんどんの若手参謀の楽天的な戦術に乗せられ、こだわり、本部の意向を無視した越権行為(国境を越えた航空部隊の派兵)の挙句の果てに大惨事を招いたにもかかわらず、当人も上司も責任を取らない。

また、本部も「まあ、あの戦闘は無かったことでいいじゃないか」と言わんばかりの管理能力のなさ。挙句の果てに恩情人事。大元帥である天皇というトップの意向まで無視して。

それもこれも、「あいつはあの先輩が可愛がった後輩で」「あの人はあの人とつながっていて」「いや、やっぱり彼を罰するのはまずいでしょ(だったらあの人まで追求しなきゃいけなくなる)」・・・嗚呼、官僚主義。大事なのは忖度忖度忖度。

 

部隊の8割も失って、2万人以上の戦死者を出しているのに、単なる地域の小競り合いという扱いにしているのもおかしい。とことん“理性的”でない。

その後といえば、捕虜の心構えとして、戦陣訓に「生きて虜囚の辱めを受けず」と明記され、そのポリシーが国民全体に波及。そのある種、理性的でない空気を背に、「一億層玉砕」と太平洋戦争に突入。

 

さて、今は戦争までどのあたりのタイミングにいるんだろう。