ゼロベース思考:コロナとカラオケ

●カラオケ業界が「もう限界」 閉店500店超す(Yahooニュース 9/17(木) 11:00)
https://news.yahoo.co.jp/articles/2213973f1b5ed1326c1462280055f7bd72c3e716

コロナ過でカラオケボックスが窮地に陥っている、というニュース。
カラオケでの飛沫感染リスクがクローズアップされ、記事のとおり「1970年代にカラオケの歴史が始まって以来、最大のピンチです」(都内でカラオケボックスを経営する男性)ということらしい。
一人カラオケ(ヒトカラ)需要すらマイクやソファーなどからの感染を懸念して、戻っていない様子だ。長らくレジャーとしてカラオケを楽しんできた身なのに非常に心苦しいが、確かに今、カラオケボックスに行くのは勇気がいるかな。
コロナ問題発生以降、多くのカラオケボックスが、「歌わないで!」を前提に「テレワークスペース」としての使用を喚起してきたが、密閉型の個室ではなかなか浸透しないのかもしれない。

業界の方には申し訳ないが、あくまでもシミュレーションとして「今後のカラオケボックス/カラオケビジネス」について考えてみる。

<カラオケボックス>
利用者目線でカラオケボックスの利点を考えると、「密閉性が高く大きな音を出しても問題ない」「(場所によるが)駅前など便利な場所に立地」「フリードリンクなどサービスが充実」「通信を利用した映像再生・音響装置」などあげられる。

欠点は一言でいうと感染リスクが高いと言われるカラオケ利用に特化して(原則)いること。とはいえ、すでに『ヒトカラ』(グループ利用に比べると低リスク)、『テレワーク用個室』、『楽器練習スペース』などの個別ニーズに沿った“亜流”利用への開放が行われている。
なので、施設としてのカラオケボックスを見た場合、「カラオケ以外」の利用がどれだけ可能になる(≒業界のしがらみを超えて開放される)かが、再生のポイントになるのではないか。

以前、ここ「『コンテンツ・イズ・キング』は幻か?⑧」および記事内リンク先の「新たな“映画を観る”ためのシステムと新ビジネス提案(素案)」に書いたように、自分は映画ビジネスの進展系として、カラオケボックスや(お金持ちの)個人宅も含めた映画鑑賞の「場」をつないだビジネスモデルを考え、周りにアプローチしたことがある。

(9/18追記:資料に明確に「カラオケ」への言及はなかったかも。この資料の基になった『コンテンツファンド革命』の第五章「変化の兆し」第1節「デジタル化・・・」の中には言及がある)

当時は劇場映画のような「一方向」の映像コンテンツの視聴のみをイメージしていたが、例えば今のカラオケには遠隔地にいる人とのデュエット機能や録画機能など「双方向」サービスもある。「新しい映画」たる映像コンテンツの幅は広がるだろう。
「映画」に限らず「ライブ動画」も対象化されるだろうし、Youtube(?)で人気がある「ゲーム対戦」「ゲーム実況」などももしかしたら利用可能かもしれない。
(9/19追記:つまり、目指すは「『コンテンツ共用』ができるエンタメ・レジャールーム」だ。)こういった「コンテンツの共用ビジネス」は権利面でのハードルが高いと思うが、新しいグローバルビジネスモデルを実現できるチャンスと思い、業界横断的にサービスを検討できれば、と思うのだが。
せっかく日本は、
・カラオケ/カラオケボックスの発明国
・映像機器など電機メーカーが優秀
・“家視聴”市場は完全にYoutubeやNetflixなどに敗れてしまって、後がない
のだから。
コロナを機に各種カラオケ機材(9/19追記:(=エンタメ複合機材))もカラオケボックスに限定せず、家庭や公民館など広く設置できるようになれば面白い。
流通量が増えれば、リース→中古市場での(節税メリットも狙った)「ファイナンス市場」がグローバルにできるかもしれない。
(ただ・・・ブログ記事に書いたように、日本は結局、“黒船”じゃないと動かない気がするが)

<カラオケビジネス>
とはいえ、歌を歌うことは人間の根源的欲求であり(と、自分は思っており)、カラオケ需要は縮小こそすれ、完全になくなることはないはずだ。「テレワーク飲み会」のように、通信上でつながったカラオケ体験の需要は喚起されることだろう。
すでに家の中でパソコン画面経由で離れた友人たちとカラオケを楽しんでいる人もいるかもしれない(あるいは、音漏れを気にして各々が自家用車にこもって“歌合戦”をしているかも)。

例えばDAMやJOYSOUNDは、すでにテレビ・ゲーム機・パソコンなどで利用できる有料カラオケサービスを展開している。
また、カラオケ業者以外でもスマホ上には複数のカラオケアプリがあり、カラオケボックスにある採点機能などは普通に整っている。
簡易的にはSpotifyやAmazon Musicなど人気のサブスクサービスには歌詞表記機能があるものがあり、それをカラオケ代わりにすることもできる。また、Youtubeを探せば多くのカラオケ音源が載っている(違法アップロード?)。

お金持ちの中にはカラオケ設備・防音対策完備の「カラオケ部屋」を設けている人もいるようだ。前述のとおり「映画」「ゲーム」兼用で“自宅内エンタメ施設”のニーズは増えていくだろう。
さすがに防音工事費だけで200万円もするようなので本格的なものはお金がないと無理だが、我々庶民には、段ボールの簡易防音設備という手もあるかもしれない。

テレワーク用の防音ヘルメット、というものがあるらしい。残念ながら、もっぱら周りの雑音を遮断して仕事に集中するためのものだそうだが、もし「歌唱可能」な防音ヘルメットができれば、世界的にヒットするのではないか。
(呼吸・視界・適温を確保して防音を達成するのは困難なことだろうが)

Youtubeには歌をうたう素人さんたちの動画が数多くupされている。多くはカラオケボックスでヒトカラしているのを撮ったもののようだ。こういったニーズは継続して存在するだろう。この録画場所もカラオケボックスから自宅や車中に変わってくるかもしれない。
さらに歌自慢の人はわざわざスタジオを借りて撮っているし、アカペラや楽器演奏を交えたものもある(自宅をスタジオ化するニーズはこういう歌自慢・演奏自慢の方々に支えられている)。
本当に才能のある人はその中でぐんぐん注目を浴び、例えば藤井風のようにプロデビューしたりする。ただ、あくまで彼らは頂点であり、もっと“草の根”の、例えばおじさん・おばさんの“ちょい上手さん”たちが狭い範囲で評判を得たりしている。
カラオケ好きでYoutubeにupしている人がほかの人の曲のコメント欄で「自分も歌っているのでよかったら聞いてください」とリンクを貼って自己紹介しているのを見ることも多い。

ここには、歌好きたちが「発表し」同じ歌好きや歌を聴くのが好きな人たちと「つながる」ニーズがある。これは漠然と「歌」でつながるケースもあるし、「歌手」「楽曲」が好きな者同士がつながるケースもある。
この傾向は日本だけではない。例えば、今、日本の80年代シティポップが世界的に大流行しているが、「竹内まりやの『Plastic Love』を歌ってみました!」という外国の人たちがたくさんいて、その動画のコメント欄ではグローバルにファンがつながっている。

では、これが“ビジネス”になっているか、というと、残念ながらそうなってはいないだろう。楽曲の権利者にとってはほぼ違法演奏(歌唱)・違法アップロードで収益機会はない(きちんと申告し広告費をレベニューシェアしているケースもあるのかな?)。

この「違法演奏(歌唱)」のところを何とか「合法」に変えられないか。
例えば、自分がカラオケ業者なら、海外富裕層向けに自宅用カラオケ設備の海外展開にチャレンジしたいだろうな、と思う。
その後のYoutubeへの違法アップロードは目をつぶるとして、ドレスアップされた合法演奏(歌唱)に録画機能を提供するニーズは世界的にあるはずだ。

一方、違法演奏(歌唱)の壁は高い。極端に言えばスマホが1台か2台あれば(カラオケ演奏・歌唱と録画)Youtubeにアップするに十分な動画が撮れてしまうからだ。
残念ながら、ニーズがある以上、権利者目線で「歌唱動画を録画するのはやめて」とは言い続けられないだろう。楽曲の権利者が強い今の著作権が古くなりつつある所以だ。

<カラオケ派生ビジネス>
むしろ、世界中にいるカラオケファン/音楽ファンを“取り込んだ”新しいビジネスを模索することを考えた方がいい。
例えば、今、テレビでは“歌上手さん”を集めたカラオケ番組が人気だ。権利者目線でいえば、これはネット上でもキラーコンテンツになる。
例えば、松原みきの『真夜中のドア/Stay With Me』の権利を持つSony Music(?)が、全世界の『Stay With Me』ファンを対象に「ネット上のど自慢大会」を企画する。当然、リアルに人を集めたり、同時に歌唱させるイベントを開催する必要はない。
すでに違法アップロードされた楽曲を含めYoutubeその他の動画へのリンクを使って“のど自慢”たちを集めるのだ。
審査はAIを使ってもいいし、有名人に審査させても、観客の“いいね”ベースでもいい。この「番組」にスポンサーを集めて、上位者に賞金を渡す、というやり方で歌い手を増やしてもいいだろう。
人気楽曲であればあるほど、集客力はあるし、スポンサーにとって広告価値は高いはずだ。

あるいは、この「ネット上のど自慢大会」を都度都度行えるサイトを運営できないだろうか。Sony Musicやユニバーサルミュージックなどに楽曲提供をしてもらい、「今回は『Stay With Me』第36回目のコンペです」のような感じで期間を区切って、楽曲ごとにコンペが行われるのだ。そして、都度都度、スポンサーをマッチングさせる。(9/19追記:今のカラオケさながら様々な楽曲が対象になり、不人気楽曲にはスポンサーがつかないだろうし、)当然、マイケル・ジャクソン『スリラー』なら膨大な広告収入が入るだろう。(9/19追記:そして作詞・作曲者などの権利者はこの一部を受け取ることで新たな収入源となる。)
また、無料・有料の会員制にすれば、フィービジネスにもなるし、何より顧客データを使ったマーケティング利用の可能性も広がる。

権利処理、歌唱者の本人確認、動画の審査方法、等々のさまざまな要解決点はあるが、こういった“まっさら”なビジネスを始められる好機なのかもしれない。

以上、カラオケボックスの苦境を起点に、ゼロベースで考えてみた。
上記「新たな“映画を観る”ためのシステムと新ビジネス提案(素案)」に書いたように、音楽ビジネスは“つながる”“まつわる”ビジネスに変わってくると思うので、この「ネット上のど自慢大会」サイト案は、案外と「10年後の馬車→自動車」になっているかもしれない。

(最後に我田引水。このブログ記事では最後にこれを書く決まりなので)
これが達成された世の中では、クリエイター・表現者のすそ野が広がっている。彼らのファンが支援者となり、クラウドファンディングでなにがしか金銭的支援をするケースも多いだろう。
そういった支援者も報われる「徳の経済」のニーズは根源的に大きいはずだ。

金融都市構想と後期倭寇、その他

●SBI、香港撤退を検討 関西の金融都市構想推進(Yahooニュース 9/9(水) 12:26)
https://news.yahoo.co.jp/articles/a672b15507bdcc1f4b7ae3042160818a48a6b375

以前、「香港からシンガポールへ」「香港マネーが日本へ退避?」でも書いたが、中国からの締め付けが厳しくなった香港から日本の金融機関が撤退するのでは、という機運の中、SBIが香港撤退を明確化した。
STOとアイドルファンドと徳の経済」でも書いたように、SBIは野村証券とも組んで(?)STO(Security Token Offering)を推進していこうとしているが、その日本拠点を、今年ようやく総合取引所化した大阪取引所に据えたい、と思っているようだ。
上記記事で、SBI北尾社長は「大阪や神戸に国際金融センターを誘致する構想」を示している。香港から退避するグローバル金融人材の日本還流にも期待しているのだろう。

大阪・神戸に日の目が当たるのは、関西地盤の自分としては素直に期待できる話だ。
一方で、彼らグローバル金融人材に税制優遇を与えるとなると国内での様々な反発が予測されるし、そもそもこれを機に国際金融センター化したい東京とのバッティングもある。証券取引所として世界的な知名度を誇る東京に対し、大阪市場はほぼ無名に近く神戸には取引所すらない(昔、神戸証券取引所があったらしいが)。知名度的にも国際金融センターを名乗るのは簡単ではなさそうだ。

とはいえ、自分が関西人だから、というだけでなく、(コロナ過で客足は遠のいてしまったが)関西圏は海外観光客からの魅力も高く、大阪には万博やIR構想もあることで、様々な人からこの構想は関心を持たれることだろう。“政治的”にもこの動きは波及してくることだろう。
自民党の総裁選では石破さん、岸田さんに比べ、菅さんが一歩も二歩もリードしているが、その菅さんは先月突然、「大阪と福岡を国際金融センター(特区)に」と言い出している。

●「菅・麻生」が“利権”巡り共闘 東京への「金融センター」誘致を阻止する理由(Gooニュース―デイリー新潮 2020/08/26 05:56)
https://news.goo.ne.jp/article/dailyshincho/politics/dailyshincho-655245.html

この記事だけを読むと、利権がらみの動きであること濃厚だ。そもそも、香港からの人材流出を当て込んだ動きだとすれば、
「来年度の予算計上なんて、スピード感が遅すぎ」
「海外金融事業者からの問い合わせ窓口『コンシェルジュ』を置く程度で何ができる」
「香港の強みは中国マネーと中国市場へのアクセス力であり、(日本の各都市はシンガポールに比べ)それを代替できる強みはない」
という反論が来るのも当然だろう。
が・・・それでも、あえてこの構想をポジティブにとらえてみる。

まず、歴史的な観点から。
東京(江戸)が発展する古く前から博多と大阪(堺)は国際貿易港だった。大航海時代に西欧諸国がアジア進出していたころは日本では室町時代から戦国時代(および江戸時代)に相当する。そのころ、戦略物資「銀」を中心に様々な物資が海をまたいで貿易されていた。
この貿易の中心となったのは、「後期倭寇」と呼ばれるグローバル商人(密貿易者)たちだ。彼らは日本人というよりは中国人を多数派とした境界人(マージナルマン)だった。
当時は今のグローバリズムの端緒になったような時期だ。むしろ、その後の大英帝国とそれを裏で支えたユダヤ金融資本の発展を考えると、後期倭寇にはもしかしたら“西→東”の世界史を大きく変え、逆行させる“違う道”があったかもしれない、というロマンを感じる。
そして、堺や博多の商人たちは後期倭寇と深くつながっていた(に違いない)。その意味で大阪と福岡には「歴史的ブランド力」がある、といえるかもしれない。
「現時点でブランド力がないから」
「世界競争上、まずは東京の地位を上げるべきだから」
などと決めつけず、境界人が集まる都市としての魅力をゼロベースで考え、構築していければ、長期展望で両都市には可能性があるのではないだろうか。
(マフィア・シティ化の方向は回避しなければならないが)

また、そもそも国際金融センター化をめざして「グローバル金融人材を集める」などというのが間違いで、「グローバルICT人材を集める」方向性を示せれればいいと思う。
(これは、とある“グローバル金融人材”の方から示唆された意見だ)

これからの世の中、伝統的な金融ビジネス(銀行での決済業務、総合証券会社など)は縮小傾向にあることは間違いない。一方で、「金融」「ICT」「e-コマース」の融合領域に新しいビジネスが広がっていくことになる。

ごく一部の富裕層特化のプライベートバンカーなどは別にして、既存の金融ビジネスに従事し古くからの金融商品を売り投資助言をしている海外の金融人材をいくら連れてきても、国際金融センター化に役立つとは思えない。

むしろ、グローバル志向で、金融に“絡む”新しいビジネスモデルを持つ企業を育成することに注力してはどうか。
特区制度に基づき、「収益化しても数年間は法人税を減額できる」「海外から移住した従業員の住民税を回避できる」等のインセンティブを提供して、有望企業にヒトとカネを集めるのだ。
また、グローバルなベンチャーキャピタルなどとのマッチング機能を持った上で、キャピタルゲインに何らかの優遇を行う仕組みなど、積極的な外資勧誘があってもいいかもしれない。
(SBI北尾氏が期待するように、その投資手段にSTOを利用する、という考えもあるだろう)

とはいえ・・・。
今、GAFAをはじめグローバルIT大手はその租税回避行動が世界的に問題になっており、大手IT企業をターゲットにしたデジタル課税の方向性がある。
また、国際金融センターの裏側に富裕層の移住などへの期待があるとすれば、周辺不動産価格が上昇して、貧富の差が拡大し、住民から怨嗟の念が出ることだろう。
日本人は平等意識が高く、極端な税制優遇はなかなか認められないだろうし、そうなれば国際競争上もメリットはない。結局、「貧富の差の発生を許容する」コンセンサスが得られなければ「国際金融センター」など無理なのかもしれない。

なので・・・我田引水(最近このブログでは、この我田引水につなげることを課しているので。恐縮です)。
我々は「欲の経済」のほかに「徳の経済」を持つ必要があるのかもしれない。それは民間部門での富の再配分行動であり、アドコマースによって企業からの資金流入も期待できる。

その歩みが関西で始められればうれしかったりするが、これは単なるつぶやき、かな。

金融庁長官のスピーチと「徳の経済」③

それよりも、まずは大きく可能性を語り合い、ブロックチェーン等の新しい技術に立脚した新しい社会連携の姿を思い描く取り組みが活性化してほしいな、と思ったりする。
自分の「徳の経済」構想も、単にビジネスやプラットフォームという観点からでなく、こういった趣旨で語り合える“仲間たち”が欲しいものだ。

なお、こう書くと、「資本主義を駆逐し社会主義革命を起こしたいのか?」などと大仰なことをいう人が現れてしまうかもしれない。いや、そうではなくて・・・。
「徳の経済」構想の観点が、民間での富の再配分の仕組みづくり、ということなので、確かに社会主義的発想に思われるかもしれない。しかし、自分はあくまでも公平な資本主義・自由競争の結果得られた富を配分するやり方として掲げているに過ぎない。
しかも、強者からの弱者への配分と決めつけず、「クリエイティビティ(クリエイティブな人)」を軸にした、持つ人からのそれに「影響を受ける人(ファン)」への配分、という「三方よし」な社会観で、「徳」を語る割には「得」にもこだわる、その意味でも「欲の経済」と完全分離したものでもない。

理想を語り社会変革を青臭く語りたいわけではなく、あくまで“ビジネス”に立脚した方法論を模索したいと思っている(公益法人など公益性を持つ主体による運営、という発想はあるが)。
なので・・・欲を言えば、“仲間たち”には変に政治思想性を持たない方々の参加がありがたいかもしれない。

とはいえ・・・。
今、チマタでMMT(現代貨幣理論)やベーシックインカムを語る方が増えており、複数の政治的ムーブメントが立ち上がっている。
あまりラディカルな方向を求めている方々にはご遠慮願いたいが、「(資本主義が)一方向に行き過ぎた世の中をChangeしたい」という思念をもって政治的活動をされているような方々には、いろいろと教えを乞えればありがたい、という気もしている。
「徳の経済」はベーシックインカムの部分的な代替手段になる可能性があると思っているので。

この辺は正直、よくは理解できていないので恐縮だが・・・今の法定通貨は信用貨幣で「誰かの借金(信用創造)」から生じる。実体経済を凌駕して信用経済が構築されるため、構造的に常に「バブルとクラッシュ」の可能性をはらむ。自ずと貸し先の信用評価が重要視され、その結果、「持つ者」にしかお金は流れない。
また、(日銀含めた統合)政府から「持たない者」への資金供与を考えても、貨幣は銀行が発行(信用供与)主体となるため政府は構造的に財政赤字を抱え、財政規律を求められる結果、政策面で自縄自縛に陥りがちだ。

一方、このコロナ禍で、どの国でもMMTに影響されたかのような(?)大規模財政出動がなされた。この影響もあって発生した「寄付・クラウドファンディング」ブームは、示唆に富んだ一つの光明かもしれない。
(小規模な疑似ベーシックインカム的な)一律給付の10万円ほか政府からの資金が民間部門に流れ、だぶついた金の一部は、「善意」という衣をまとって「持てる者から持たない者への富の再配分」がなされたからだ。

もし、「アドコマース」という「善意」(9/2追記:だけでなくそれ)以外のファクターを抱える「持てる者から持たない者への富の再配分」たる経済活動が定着した場合、その経済効果を当て込んだ財政出動、といった流れもありうるかもしれない。

・・・最後の方は大風呂敷を広げすぎたかも(失礼しました)。
いずれにせよ、金融庁長官というエライ人まで「このままの金融制度は継続しない」「Changeが必要」と発言する時代になった(あくまで、自分の意訳ベースで、だが)。

Life is entertainment - クリエイティビティこそが世の中を変えていく原動力になれば、と願う。

金融庁長官のスピーチと「徳の経済」②

そして・・・またいつもの我田引水。
我々は現在の「欲の経済」のほかに「徳の経済」を持たなければならないのではないだろうか。
「欲の経済」は無制御な資本主義が行き着く先であり、お金を出した人が偉く、その対象を支配する、1次元(⇔)の世界だ。
「徳の経済」はお金を出した人がお金を出した対象ではなく、それに連なる第三者を支援し、そのことで“尊敬”を得られる構造の3次元(△)の社会だ。
自分はそれを「アドコマース」と呼び、現在の(個人データ保護との矛盾をはらみつつも)One To Oneマーケティングの方向に日に日に高度化されつつある広告宣伝・データベースマーケティングの援用で実現できるのではないか、と提唱している。
また、この「徳の経済圏」での対価の交換手段(徳の証明トークン「TOKU」)を提言している。

とはいえ、この考えは何も特別なものではない。
実際、この「アドコマース」の概念と「スラマット」「TOKU」という自身のビジネスプランを語りに行った先では、
「独自経済圏を作るという構想・取り組みは多い(成功例は少ない)」
「『評価経済圏』という概念もよくあるし、その取り組みもある(成功例は少ない)」
「人が集うプラットフォームを設け、得られたデータを活用、というモデルは王道だが、それを実現するためには“人が集うプラットフォーム”が必要だ(ニワトリ・卵だがまずは形にしてくれ)」
という声に終始したりする。

確かに、独自経済圏を作り、そこで流通する独自貨幣がある、というアイディアは古くからあるし実装されてきた。
『モモ』『はてしない物語』のミヒャエル・エンデが現在の貨幣制度の問題を説き、そういった問題意識に呼応して、例えば(クーポン券のような原始的なものから地域で法定通貨に準ずる扱いを受けているようなものまで)地域通貨的なものがデジタル化以前から誕生している。

また、「評価経済」的なビジネスアイディアも周りでよく見聞きする。例えば、ウェブ上で「いいね」した飲食店からクーポンをもらう、といったビジネスモデルは少なくない。それらは地域通貨として流通している場合もある。

しかし、あえていえば、そんな「“いいね”経済圏」と「徳の経済圏」の構想が大きく違うところは、前者が無邪気な第三者への評価を礎にするのに対し、後者は(直接的にはメリットがないのに)第三者を支援するために“実際に”金を出した人を“尊ぶ”ことをスキーム化し、それを(本来「欲の経済」の範疇にある)「広告宣伝」と結びつけ間接的なメリットを与える、という取り組みだ。
この概念が社会に広がり、具現化されたツール(を皆が利用すること)が実現すれば、社会全体の連携の幅を広げることができるかもしれない
(なお、この記事が発端で書いているが、「TOKU」システムは必ずしもブロックチェーンにこだわらなくてもいいと思う)
・・・以上、我田引水、終わり(笑)

ところで、自分は(「徳の経済」が実現しようがしまいが)、今後、世界縦断的に様々な「経済圏」が生成され、法定通貨以外に様々なデジタル「貨幣」が誕生するだろうと思っている。法定通貨と換金ができる通貨も、通貨への換金は直接謳わないポイント的なもの(≒電子マネー)もあるだろう。

ちなみに、今般の法改正で、日本では資金決済において「上限なし」「100万円まで」「少額」で業者選別を受け、それぞれの業規制がかかることになった。

●参考:資金決済法の改正について ~資金移動業の3類型及び収納代行の一定の線引き~(Global・Venture・AI弁護士法人GVA法律事務所 2020.07.27)
https://gvalaw.jp/10408

これによって、例えば「割り勘アプリ」のような個人間の資金移動も規制対象になってくるという。また、暗号資産(仮想通貨)と法定通貨の交換は金融当局に認められた仮想通貨交換業者にしか認められない。

前述の「銀行、現金、規制当局という3つの古き良き制度は近い将来、大きな変革を経験しなければならない」という氷見野長官の言葉に反し、金融当局は「規制」を止められないようだ。
このブログでも繰り返し書いてきたように、今後、「金融ビジネス」と「情報(ICT)ビジネス」、「e-コマース」の垣根を越えて融合が広がっていくと思う。その中で、規制先行の姿勢では大きな社会変革の芽が摘まれてしまわないか心配だ。
「信頼」の構成概要がドラスティックに変化する社会の大変革期において、前例踏襲を礎に置く管理システムにのみ立脚すると、いろいろと矛盾が出てしまいかねない。

金融庁長官のスピーチと「徳の経済」①

●サトシの理念は今も受け継がれているのか? 金融庁長官 氷見野良三氏のスピーチ全文(COINPOST 2020/08/29 17:13)
https://coinpost.jp/?p=178852

金融庁長官に新任した氷見野氏が日本経済新聞社と金融庁主催のブロックチェーンサミット「Blockchain Global Governance Conference 、FIN/SUM Blockchain & Business (フィンサム)」のブロックチェーン・グローバルガバナンス会議(8月24日〜25日)の閉会の挨拶で、ビットコインの産み親である「サトシ・ナカモト」の理念の意義について見解を披露した、という記事。

まず、幼稚な話で恐縮だが、体制側(?)の主要人物の一人である金融庁長官が「サトシ・ナカモトの理念と意義」を語ることに新鮮な驚きを感じた(サトシ・ナカモトはサイファーパンク=反体制・反グローバル金融、の旗頭みたいなものなので)。

氷見野氏は以前、フェイスブックのリブラを既存の金融システムへの「目覚まし時計」と評し、「銀行、現金、規制当局という3つの古き良き制度(institution)は近い将来、大きな変革を経験しなければならない」と述べている。
現在の金融体制の問題だけでなく、未来の金融の姿とその管理についてその将来像を(どのくらい詳細かは分からないが)見据えている人物、といえるだろう。

上記記事の内容をまとめ(自分なりにやや意訳し)てみる。

―「信頼」の構成概要が急速に変化
・「金融システム」は長年にわたり実績を積み重ね「信頼」を得てきたが、リーマンショックを経てそれが揺らぐことになった
・金融システムの信頼は、造幣局、銀⾏、規制当局、中央銀⾏、⾦融⼤⾂、警察官、検察、裁判所、軍・・・などの要素を含む(「政府」と「信頼できるサードパーティ」)
・リーマンショックと同じころ、サトシ・ナカモトの論文が、ネット上に共有されたP2Pの分散管理台帳が「信頼できるサードパーティ」に代替可能であることを示唆した。我々は今、「信頼」について深く考える必要に迫られている
・たとえば、「信頼」の重要要素の一つ「対面」(自分の目で直接見たものを信じること)はコロナ禍でオンラインに置き換わりつつある
・「信頼」を「プロの編集者」(知見を持つ情報のゲートキーパー)が担保するというシステムも、すでにウィキペディアなど民主的な知の集積と個々の検証によって代替されている
・だから、新聞などマスメディアの情報コントロールは効かず、人はSNSなどで己が信じたい情報を得て、それを信じる、という傾向がある
・「信頼」を担保する重要ファクターの「政府」。だが、変動しつつある世界で、政府からの過度の影響力を嫌い、逆に、政府から離れたオルタナティブな手段を残しておきたい人もいるだろう
・今は場所に関係なく経済活動ができ、政府の力が薄くなりつつある

―サトシの理念の意義は今にある
・サトシの理念は「信頼できるサードパーティ」を「信頼できる(ノードの)コミュニティ」に置き換えたもの
・ビットコインの正当性をブロックチェーン上で証明するのが「プルーフ・オブ・ワーク(行動の証明)」。しかし、「行動の証明」の考え方は幅広く考えればブロックチェーンに限らず、我々の身の回りに多く存在する
・「行動の証明」を定義づけると、それは「信頼や真面目さ(邪な意図のなさ)を印象付ける目的をもった膨大なコストのかかったプロセス」
・それは例えば、紙幣上の装飾やビジネスマンが働く高級ビルや彼らが纏う高級な衣装、美しくデザインされたプレゼンスライド、広告に登場する映画俳優、有名な大聖堂での結婚式・・・等々の本質的な価値とは異なる、それらに付随するものごと。けれども、それらはGDPの大部分を占めている
・なので、社会の「行動の証明」を見直し今後のリエンジニアリングのカタチを考えることで、社会にかかわる効率性と有益性を向上させる大きな可能性がある
・ブロックチェーンの設計において、信頼とガバナンスの構成要素を深く考え、概念化・ツール化することで、社会全体の連携の幅を広げることができるかもしれない
・12年前にはじまるサトシのイノベーションと探求のプロセスは、社会構造の根本的原因を探り、変革のための根本的手段を模索する、というもの
・今のコロナの時代にこそ、その努力は求められている

素晴らしいスピーチ内容だと思う。正直、金融庁長官の任にある方が、ここまで「世の中のChange」を求める発言をしていることに驚愕し感動した。

コロナ後の映画産業をぐるぐると考える

コロナ禍が世界の映画の劇場ビジネスを窮地に追い込んでいる。
日本では、「実は法定の換気義務があるので映画館は安心」と劇場のマイナスイメージ払しょくのためメディアで情報拡散している。青息吐息のミニシアターはクラウドファンディングでの寄付などで多少の経営の下支えを得ている。
それでも、劇場内の座席間を隔離し空席を設けなければならないし、さすがに当面、コロナ前まで客足が戻ることは難しい、など、今、映画興行ビジネスが大きな苦境にあるのは間違いない。

劇場を支えたい、文化の灯を守るために劇場が必要だ、という気持ちは、映画好きなら誰しも思うことだろう。自分にもその気持ちは強くある。

とはいえ、ここでは、「映画を映画館で見る文化の終焉」「配信を軸にした新しい映画視聴文化の始まり」という可能性をシミュレートしてみたい・・・あくまでも頭の体操、として。

●アメリカで映画館とスタジオが激しい攻防戦!新型コロナ以降の興行ビジネスのあり方(IGN Japan 2020年8月19日11:41)
https://jp.ign.com/movie/46042/feature/

アメリカでは映画館とスタジオが激しい攻防戦を始めている、というニュース。
大手映画館フランチャイズのAMCが劇場で公開からわずか17日間でオンライン化を許可する、という合意をユニバーサル・ピクチャーズ結んだ(この数か月前には劇場主側のストなどあったようだが、一転、協調路線に)。
ディズニーは『ムーラン』実写版のファーストウィンドウを劇場でなくDisney+での公開とした。料金は30ドルという高額だが、購入者は何度も視聴可能、という設定だ。
日本でも実写映画『劇場』やアニメ映画『泣きたい私は猫をかぶる』が、劇場ではなくNetflix主体の流通体制を組んだ。

『劇場』の監督でもある行定勲監督は、公開時に「日本はこれまでミニシアターやシネコンの小スクリーン活用で多種多様な映画を見れたが、今後、劇場では大作しか掛からなくなるだろう」と発言されていた。ソースを探したが見つからないので、これはあくまでも自分の記憶としてだが、たしかにその通りだと感じている。その代替としても伸びてくるのが配信だろう。

●行定勲監督、コロナ後の“映画業界のニューノーマル”を語る 配信サービス隆盛で「皆が劇場を持つ時代」に(映画.com 2020年6月5日 16:00)
https://eiga.com/news/20200605/13/

同じ行定監督の発言。以下、上記記事から引用。
・・・トークが熱を帯びるなか、行定監督からオンラインプラットフォームに関連して、「皆が劇場を持つ時代」という言葉も飛び出した。「『映画祭が認めた』ことは皆の指標、軸になっている。今までは映画祭がブランディングして、スターも観客も育ってきたんだけど、それがもっと個人化していくんだと思います。皆がそれぞれ自分の劇場を持って、自分の作品をラインナップして、新作として発表していくような」と述べる。・・・

実は、この発想・感覚は自分が抱いているものに近く、正直驚いた。こう書くと後出しじゃんけんみたいで嫌だが。でも、数人の知人にはこの手の話をしてきた(例えば、とある映画祭関係者には自身の不遜な意見を投げたりしたこともある)。なお、記事を読めばわかるが、この「皆が劇場を・・・」というのはオンライン動画配信に絡んだ話で、当然、リアルに劇場主になるということではないので、誤解なきよう。

さて、もっと発想を広げて言うと・・・映画って何だろう? ということにもなってくる(あくまで、ビジネスとしての話)。
例えば、このコロナ禍で、多くの演劇やライブハウスでのライブが動画配信された。無料のケースも有料のケースもあった。
動画形態での視聴を観客に広く届けるという意味では、それは広義の「映画」では? という考えもある。これは、現在のYoutube上の(特にそれなりに金をかけられた)UGC動画コンテンツも同じく、だ。
ライブハウスでのコンサートだけならそれは実演に過ぎないが、ライブ動画にするとそれは「映画(映像)の著作物」になる。ライブ運営者と映像制作者が組んで映像配信で収益を上げようとする行為は、製作委員会を組んで映画を作り、劇場や二次利用で収益を得ようとする行為と変わらない。
すると、これまで異業種で競っていた映画以外のコンテンツが、「映画」の世界で競い合う形になる。これまでの映画には多くのライバルが出現してくる。

例えば、こんなものも「映画」になってくる。

●ジャニーズ、アリーナクラスの大型公演年内全て中止…配信に切り替え(Yahooニュース 8/21(金) 6:00)
https://news.yahoo.co.jp/articles/32ce473eeaac360bff73089af3e0bc506f5ce640

大勢の固定ファンを抱えたジャニーズのコンサート動画は、新しい映画の世界でのキラーコンテンツだ。
いやむしろ、こんなキラーコンテンツを生み出す「ファンの連携」が、コンサート動画に限らず、様々なクリエイション(複数ジャンルのコンテンツ)誘発し、古い言い方だが「メディアミックス」の中で、いろんな形の収益モデルを生むのではないか。

(8/21 14:55追記)

●エイベックス社長が語る、競争激化の音楽ストリーミング配信「次の一手」(Yahooニュース 2020/8/4)https://news.yahoo.co.jp/articles/590fd8ff4f768d784356a258f2dc94e0dd8045a4?page=1

このインタビューの中で、エイベックスの社長さんが、韓国のBTSを参考に、

・・・例えばマルチアングルのカメラワークがあって、グループの中で自分はこの子のファンだからこの子だけを映しているカメラに対して有料課金するとか、今だと投げ銭の仕組みとか、そうしたエンターテインメント性が画面上で分かれば、ゲーム感覚の経済が生まれていく可能性はあります。・・・

と述べている。ライブ動画にかぎらず、新しい映画には、こういった視聴者から見た視聴体験の違いによってバリエーションが生まれるようなこともあるのかもしれない(・・・以上、追記終了)

さっき、映画には多くのライバルが出現する、と書いたが、一方で、それらはお互いに連携しあって統合的なビジネスに発展するのかもしれない。

●賛否両論「学園祭のオンライン化」は誰のためのものか。(ハーバー・ビジネス・オンライン 2020.08.19)
https://hbol.jp/226299?cx_clicks_art_mdl=2_title

こちらは、新型コロナウイルスの影響で、いくつかの大学が学園祭のオンライン化を決めている、という記事。日本最大規模の早稲田大学「早稲田祭」もオンライン開催らしい。
(当人たちのインタビュー含め丁寧に解説しているが、この記事は「オンライン学園祭」なるものに対してややネガティブな印象。)

もしかすると、こういうオンライン学園祭だって、やり方によってはものすごいキラーコンテンツになるんじゃないだろうか?

上記の行定監督の「皆が劇場を持つ時代」を拡大解釈してみる。
視聴者側の個々人が興味を持つ様々な対象(広義の“コンテンツ”)・・・・アイドルやアーティスト、クリエイターなどの「人物」や、彼らが生み出す「作品」などや、さらには学園祭のような「ムーブメント」に至るまで・・・を軸にファンがつながり、その連携の中でクリエイターたちによって映画が作られ、消費されていく、そんな時代になるのではないだろうか。
行定監督の視点はクリエイター側で、こちらの説明は視聴者側なので相反するように聞こえるかもしれないが、そうではなく、これは表・裏の各々からみた説明であり、「皆が劇場を持つ時代にはクリエイター(クリエイション)が主役になる」ことは間違いない? のではないだろうか。

なお、その過程では劇場はおろか、Netflixなど既存の動画配信サービスの枠も超えた、新しい流通形態が現れるのかもしれない。さらに、それはあくまで一ウィンドウに過ぎなくて、複数のウィンドウ上での収益展開を担うプレイヤー(ビジネス統合型のプロデューサー?)が活躍することになるかもしれない。

想像が飛躍して、収拾がつかなくなった感があるので、この辺で。
というわけで、いつもの我田引水を。

上記のような世界が訪れるとして、そこにあるのは(ファン・ネットワークを携えた)クリエイター、クリエイションを中心としたビジネス展開だ。
だとすれば、その一助として「アドコマース」が有用ではないだろうか。「スラマット」や徳の経済圏構想の可能性は大いに広がる気がする。

最後に、今回はあくまで頭の体操として書いたが、自分は決して「映画を映画館で見る文化の終焉」を願っているわけでもない。現状のビジネスモデルに大きな変革は必要だと思うが、劇場(など)の暗闇の中で複数の観客と一緒に同時に映画を視聴する体験、という映画の魅力は廃れないと思うし、残ってほしい、と思っている。

STOとアイドルファンドと徳の経済

●野村・SBI、因縁乗り越え「デジタル」で接近(Nikkei Finance 2020年8月12日 5:00)
https://financial.nikkei.com/article/DGXMZO62508150R10C20A8000000/?n_cid=NFLET001PH_20200812_a04&s=1

野村証券とSBI証券が過去の因縁を超えて「ブロックチェーン/STO(Security Token Offering)」分野を軸に連携を進めている、という記事。
具体的には野村證券66%・野村総研(NRI)34%という完全野村系だった「BOOSTRY(ブーストリー)」という会社に、SBIが10%の出資を行った、というもの。

実はBOOSTRYという会社には勝手に注目していた。以前、富士通と「デジタルアセットの、異なるブロックチェーン間や、ブロックチェーンと各種エコシステム(具体的には不明)間の相互接続をし、権利取引と決済とを担うプラットフォームサービスを提供すべく」協力していく、という記事を読んでいたからだ。

●異なるブロックチェーン間におけるデジタルアセット取引に成功(マイナビニュース 2020/05/25 16:00)
https://news.mynavi.jp/article/20200525-1042748/

ここでいう「異業種のトークンエコノミー間を連携する」という概念には非常に大きな可能性が包含されている気がする。
(新時代には近世の「両替商」が復活する?!)

とはいえ、今回はもう少し“小さな”話を。
この下の記事の中で、活用されるであろうデジタルアセットの一つに「エンターテインメント・スポーツなどのファンビジネス」という例示がある。
自分は、「エンタメとファイナンスをグローバルにつなぐクリエイティブ人」を目標に、エンタメファイナンスを軸に、ICOなど新しいファイナンス形態もいろいろと学習したり間接的に関わったりしてきた。
(現在推進しようとしている「徳の経済」では、STOは直接的には関係ないと考えているが)
以前書いた『コンテンツファンド革命』で、「エンタメファンドは証券会社のような金融サービス企業が担うべきではないか」と書いたが、その解がここにあるのかもしれない。

最初の記事で、SBI証券の常務取締役がSTOを説明する箇所で、
「アイドルのコンサートの営業収益を裏付け資産にしてトークンを発行し、握手できる権利をつけて販売する」
という一例があがっている。
このように、STOはエンタメファンドの一類型になるだろうと思う。

とはいえ、STOで発行される「電子記録移転権利」は第一項有価証券(流通性が高い有価証券)ということなので、これまで組合型(みなし有価)を中心に組成・流通してきたいわゆるコンテンツファンドと、現時点では管理上の齟齬があるのかもしれない。
コンテンツファンド組成販売を行う業者はほとんどが二種金や二種少額電子募集取扱業だが、エンタメ系STOは、一種金である証券会社などの管轄になる、ということではないか。
(それとも一種少額電子募集取扱業での取り扱いはあるのだろうか?)

自分は常々、現在の総合証券は業態シフトをしなければ生き残れない、と考えてきた。
STOを軸にクライアント周りで複数の資金調達事案にかかわり、かつ、投資家コミュニティを形成・活用する方向性は、一つの生き残りの方向性なのかもしれない。

しかし、例えば野村證券、という「看板」だけでそれができるだろうか? 今の総合証券会社の営業マンにその資質はあるだろうか? あるいは、こういった組織で投資家コミュニティを形成する行動は健全だろうか?

今はすでに、個人や小さなグループが(金融型以外でも)クラウドファンディングで直接、資金調達ができる世の中だ。
彼らが間に入ってこういう人と人を“つなぐ”動きをしようとしても、結局、お上が決めた細かいルールを組織で守らせるだけのネガティブな運営が蔓延するだけではないだろうか。

あるいは、ネット証券として直接、顧客につながった方がたやすいかもしれない。また、IFAのようにノルマで縛られない営業マンをうまく絡ませる形態について、個人的には可能性を検討してみたい。

ニュース内容に対して、少し先走り過ぎた内容だったかもしれない。
あえてもう少し“先走った”ことを書いてみる。

上の記事の「アイドルのコンサート・トークン(握手権つき)」の例。
今の資本主義原理(「欲の経済」)を起点にすれば、このような“the winner takes it all”型の商品しか考えつけないのだろう。
しかし、自分はそういった行き過ぎた方向性へのオルタナティブとして、これから「徳の経済」の生成が必要だと思う。「アドコマース」がその解決策になるはずだ。

香港マネーが日本へ退避?

●香港ファンド、日本へ退避可能に 金融庁最短3日承認(2020/7/31 18:00 (2020/8/1 4:39更新)日本経済新聞 電子版)https://www.nikkei.com/article/DGXMZO62149590R30C20A7EA1000/?n_cid=NMAIL007_20200731_Y

香港の投資ファンドや人材がシンガポールに移っているらしい、というブログ記事を書いたが、珍しく(?)日本の素早い動き。

「7月に金融商品取引法関連の内閣府令を改正し、自然災害などが起こった場合に海外のファンドや証券事業者が一時的に日本で業務を続けることができるようにする例外規定を設けた。自然災害以外に、香港のように政情不安で治安が悪化した場合も想定している。」とのこと。

記事にある、当面のコロナ禍下で入国制限解除をどうするか、という問題。でも、そこはいくらでも特例措置がありそう。すでに行われているかも?

香港には「クジラ」なグローバルマネーが眠っている?らしいから、彼らにとって退避先がシンガポール一択ではなくて日本もあるのはリスクヘッジ上も好ましいのではないだろうか。

まもなく南沙諸島でキナ臭いことが起こるかも、などという人がいる(おいおい、勘弁してくれよ、と思うが)。地理的にシンガポールを避けて日本に、という考えの人もいるかもしれない。

香港マネーと人が日本に退避してきたとして、定着させるために税制改正に踏み込むことはあるか・・・さすがに、そこまで思い切ったことはできないだろうな?

日本が本気で金融グローバルハブを目指すチャンスなのかもしれないが・・・うーん、どうなのかな?

(以下、追加)

●金融人材獲得、税優遇検討を 香港にらみ自民が提言へ(NIKKEI NET 2020/7/28 18:30)https://www.nikkei.com/article/DGXMZO62000210Y0A720C2PP8000/?n_cid=DSREA001

自民党案では「法人税減免」は明示されていますね。さて、どうなりますか。

 

記憶力がほしい

●李登輝元総統死去 日本とのゆかり深く/台湾(YAHOOニュース 7/30(木) 20:41)
https://news.yahoo.co.jp/articles/c5c05e6fefa8b68a85c068cd54330cc682f7e518

台湾の李登輝元総統がお亡くなりになったというニュース。
心からお悔やみ申し上げます。

このブログで結構、偉そうに書いているが、自分は正直、不勉強な人間だ。人が常識だと思っていることでも知らなかった、ということが多い。
長らく日本やアジア近代史について全く不勉強で、例えば戦後、台湾でおきたとある事件について「さすがにそれを知らないのはまずいでしょう」と諭されたことも(ホントお恥ずかしいことでした)。
なので、現在に至ってもなお、勉強中だ。

実は、5年以上前に李登輝先生が来日した際の講演会に参加したことがある。
当時、仕事で関係があった方からお声かけいただいて知ったイベントで、ものすごい数の聴講者がきていた。
こちらはその時のお土産にいただいた色紙。


「誠実自然」
素敵な言葉だ。本当に、人としてかくありたいと思う。

さて、自分は記憶力が本当に悪くて、たまに間違った過去の記憶を持ってしまっていることがある。
こういうのは何かの病気なのだろうか。心配だ。
(一方で「そんなことよく覚えてるね」と言われるような変な記憶力の良さもあったりするのだが)

昔々、山一證券の新宿支店に勤めていた。その隣は紀伊国屋書店だった。
どういうわけだか、自分が新宿にいたころ(1990年代前半?)「紀伊国屋ホール」で李登輝さんの講演会があり、自分はそれを聞きに行った記憶があった。
しかし、この記事を見ても、ネットをあさっても、李登輝さんの初来日は2000年以降であり、そんなことはあり得ない。

よくわからない(?)ことを書いて恐縮です。
再度、謹んでお悔やみ申し上げます。

●中国吉林省の幹部が奇書を出版し物議 「平安」を羅列しただけの内容(LIVEDOOR NEWS 2020年7月31日 9時39分)
https://news.livedoor.com/article/detail/18659600/

こちらはよくわからない(?)記事。
中国で、役人のお偉いさんが出した出版物を関係者たちがおべっかを言って誉めそやしたが、それがトホホな内容で問題になっている、というお話。
「日本平安」ならいいじゃないですか。戦争よりずっといいけどな。

勉強になりましたが、あまりに(喋りすぎでは)?

●コロナが変える金融 オンラインセミナーを実施(NIKKEI Financial 2020年7月16日 14:00 (2020年7月30日 19:52 更新)
https://financial.nikkei.com/article/DGXMZO61516880U0A710C2000000

さきほど、NIKKEI Financialのオンラインセミナー(無料)を視聴した。「コロナとデジタルが変える金融」というテーマに興味があり、特に新しい「金融サービス仲介・決済法制」について知っておきたい、という気持ちがあって視聴応募していたものだ。
しかし、それよりも何よりも、甘利明・自民党税調会長からの「ポストコロナの国家戦略」というセクションが「え?そこまで言っていいの?」という内容で、甘利さんも非常にド直球ストレートにおっしゃっていて、非常にためになった。
日本の行政面での今後の考え方が理解できた気がする。一方で、これから我々一人ひとり、どのように進むべきなのか、という課題は一人一人に残されている感がある。

(あくまでも自分の手前勝手な解釈で)話していた内容を簡単にまとめてみる。

・今のコロナ禍。歴史はいつも世界的混乱のあとに「新しい秩序」を生んでいる
-DX(デジタルトランスフォーメーション。バーチャル+リアル)の形が問われる

・パンデミック後の覇権。「権威主義的国家監視体制」が握るのか「法の秩序と民主主義体制」が握るのか?
-効率性を優先すれば独裁的指導体制に流れる
-人権尊重・プライバシー保護の形の模索(data free flow with trust)

・アメリカを軸にした法・自由体制陣営をEU、インド含む環太平洋に
-トランプは同盟国軽視の懸念も?
-日本は「結節点」になるべきだがそのためには力が必要(経済・イノベーション)
-なので「次の世界を担うイノベーション」は『同盟国側』になければならない(?)

・次のイノベーション=データに価値→(同盟国サイドの)サイバーセキュリティが必要
-サイバーセキュリティ標準「NIST」。国際機関「ISO」

・先端企業で働く人に「敵国スパイかも?」という問題
-今、日本にはないSC(Security Clearance)制度。当人だけでなく、その親の職業情報なども?
-これを怠ると、国・企業としてサプライチェーンから外される懸念!?

・デジタル化やリモートワーク。事業者ごとのベンダーロックインにおちいっている
-相互互換性、共有アーキテクト
-特にセキュリティ面

・「脆弱性」をテストする必要性(コロナを機に)
-ホワイトハッカーの活用。外部事業者によるバグテスト
-防衛省や新幹線、ダムなど基幹インフラ
-克服するソリューションをビルドインするべし(・・・!!)

・日本は ×バーチャル→〇「リアル」データ強国
-国民皆保険→世代をまたいだゲノム情報など

・大学の“知”をまとめ、社会実装する取り組みが必要
-基金を活用
―優秀な若手ドクターが長期間研究できる土壌を

・「中国のデジタル元=監視社会。デジタル円は?」(という質問に対し)
-中国は一帯一路上にドル決済に変わる世界軸を作ろうとしている
-ドルは「世界のためにテロリスト抑圧」に使われるのはいいが、アメリカの独善、と言われることも
-デジタル円は「安全保障」としても。対抗のためのフィージビリティスタディしておく

・「今のコロナ禍。銀行は産業支援どうすべき?」(という質問に対し)
-エアラインなどへの支援→財務省「業界再編を」→民間こそ主導に ∴ 金融機関の役割

・「米中対立が悪化。中国と取引は続けられるか?」(という質問に対し)
-アメリカは中国が「中国製造2020」を発表して以降、ずっと(この文脈上)いずれ中国から外資は追い出される、と警戒
-経済は一様でなく、中国市場はすぐなくなるわけではない
-中国にとって「どうしても必要」という分野は商売できるはず(水、土壌汚染、大気汚染など)
-例:トヨタ(65%)第一汽車(35%?)のハイブリッドFCBの合弁会社。トヨタには自信があるのだろう

・「新型コロナに沿って、準備金制度など。SDGsなどで企業選別は?」(という質問に対し)
-SDGs、例えばガバナンスを備えていれば加点、などありうる
-民間の保険制度のビジネスチャンス?

というわけで、特に米中対立の中での日本企業の運営の仕方、という意味では、もう完全に「安全保障>経済」という認識が、結構具体的に説明されたように思う。
(上記「!!」のところって、スノーデン氏のリークを思い出したり。。。)

一方で、いまやAIなど先端分野で中国の力は侮れないものがある。あえてアメリカ陣営を離れて中国側につこうとする国もあるだろう・・・世界は完全に二分されてしまうのだろうか。

ちいさな一個人としては「戦争を回避する」ことを本当に切に願うばかり。そして、そのためにもしっかり自己を磨き、小さな幸せを大事にし、ことさら周りに左右されない人生を歩めれば。。。結論が飛躍しすぎかな。